episode.3

 大きなユリが腕の中で揺れる。甘い香りにくらくらしながら皆の後をついていくと、まだ幸村が元気だった頃を思い出す。入院していたあの頃、幸村の部屋にあったのはいつも白いユリの花だった。本当はもっと地味な花が好きなんだけどね、そうはにかむ幸村を見ながら、きっと大切な人が贈ったものなのだろうと、なんとなく察していた。

「なあなまえ、ユリの花言葉って知ってる?」
「うん。この前教えてくれたよね。」

 高貴、威厳。幸村にぴったりだと思ったのだ、忘れるはずもない。

「正解。でも、あとひとつ。」

 純粋。ぽろりと彼の口からもれた一言は、何故か心に強く残っている。


 だから今日のお見舞いの花も、白いユリが六本。それから、立海のカラーだろ、と珍しくジャッカルが言ったから、黄色いユリが一本。純白の中にひとつだけ浮かぶようなそれを皆は「いいね」と褒めたけれど、ブン太だけは何故か気味悪がった。こんなの可愛いのに、随分失礼だ。


 幸村の墓は、つい最近来客があったようでよく手入れされていた。既に白いユリが花立に刺さっている。萎れて元気のないものを摘んで、新しいユリを挿した。右利きだった彼に合わせて、黄色いユリがそちらで揺れる。

「柳がそんなもん準備するなんて珍しいな。」
「お前が置く菓子よりマシだろう。」
「違いないな。」

 夏だから、と柳が墓前に供えたのは、幸村がよく飲んでいたコロナだ。成人したての頃は「日本のビールが一番美味い」と言っていた彼が外国ビールを飲みだしたのは、私がそれらにハマった頃だったか。
そういえば、あの頃から音信不通だった仁王も連絡をよくくれるようになったし、前より頻繁に会えるようになった。皆変わらないと実感できるこの雰囲気が大好きだけれど、時が経つにつれ、私たちも少しずつ大人になっているのかな、と思った。

「一服してくるぜよ。」
「おー。さっさと帰って来いよ!腹減ったし!」
「ブン太はいつもそればっかりだね。」
「もう11時だし仕方ねえだろぃ!」

 言い返しながら、ブン太はぽちぽちとスマホを弄っている。噂の彼女か?と口元を緩めたジャッカルが覗き込むと、「見んな!」と照れたように画面を隠し、皆の輪から少し離れた場所に移動してしまった。


 彼女か。ふと、柳を見やると全てお見通しのようで気遣うように笑われてしまった。彼の婚約が破談になったのは一年ほど前のことだ。あれから吹っ切れたのか、昔より随分とさばさばした性格になった。同棲する彼女に悪いから、とあまり顔を出さなかった飲み会も、今では深夜にあちらから誘ってくるほどだ。迷惑かと聞かれるけれど、とんでもない。私はどちらかというと、今の柳の方が好きだ。昔のつれない柳より、ずっとずっと。

「切原くんはまだ連絡がつきませんね。」

 耳に当てていたスマホを離し、柳生がため息をついたその時だった。てめえ!と怒鳴り声が聞こえたのは、駐車場の方だ。

「ブン太の声じゃねえか!?」

 飛び出したジャッカルに真田が一番についていく。ヒールの高いパンプスで私も遅れて到着すると、フードを深くかぶった男が倒れているのが見えた。後ろ手にそいつを締め上げる真田は、既に警官の顔になっている。

「大丈夫か、丸井。」
「この人が助けてくれてさ。いてて、頭殴られたけどよ…….」

 後頭部に手をやったブン太の手には赤が付いている。
「救急車を呼んだ方がええぞ、」とハットを被った『この人』は言った。まるで仁王のような声で。え、と全員の目が見開く。まるでホストのような赤いシャツ、黒いスラックス、目深にかぶったハット。髪の色は―――グレーがかった、金。

「久しぶりじゃの。」

 今日はここにおると思ってな。仁王雅治はそういいながらハットをとった。さっきまで一緒にいた仁王とは別の恰好をして。

「仁王、なのか……?」
「なんじゃ真田。もうボケたんか。」

 唖然とする真田の下で、男が呻いた。興味なさげに、仁王はそいつのフードをはずす。そこに在ったのは赤い髪に猫目の青年だった。まるで、丸井ブン太のような。

「やはりな。」

 呟いた仁王は、何を知っているのだろう。驚きで救急車もパトカーも呼べないまま、私たちは立ち尽くした。訳が分からない。今まで築いてきた城に、綻びが入る音がする。


by 冬


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