episode.2

 駅前の花屋で、ユリの花束を買った。
凛と咲き誇る大輪のカサブランカ。花言葉は、「高貴」「威厳」……彼にぴったりの花だと思う。


 あれから何年経っただろう……?待ち合わせ場所へと向かう電車に揺られながら、私はあのおぞましい出来事を思い出していた。

 あれはそう……例の夏祭りの日のことだった。祭りを存分に楽しんだ私は、幸村と2人で帰っていた。他の皆と途中ではぐれてしまったからだ。
 幸村は「近道しようか」と言って、全く人気のなさそうな神社を指差した。
鬱蒼と生い茂る木々が、ザワザワと夜風に吹かれていて、気味が悪かった。

「なんか怖くない……?」

 幸村の浴衣の袖をきゅっと掴むと「女の子ぶるなよ」と笑われてしまったので、私は渋々、幸村の後ろについて、朽ちかけた赤い鳥居をくぐった。

「ねぇ……、お化けって信じる?」

 カラン、コロン……と、幸村の下駄が乾いた音を鳴らす。

「信じるわけないだろ」
「そ、そうだよね……お化けなんていないよは」

 ……そう言いながらも本当は、ずっと背後に嫌な気配を感じていた。私は怖くて、最後まで振り返ることが出来なかった。

 その後、不幸は突然訪れた。神社を通り抜けた先の小さな踏切で、電車が通り過ぎるのを待っていたときだ。

「なまえ!!危ない!!」

 幸村の手が空を切った。

「……っ!」

 一瞬の出来事だった。私は後ろから走ってきた見知らぬ男に、強く腕を掴まれ、無理やり線路内に引きずり込まれたのだ。
 カンカンカンカン……と、けたたましく鳴り響く警報機。男は大声で何かを言っている。私は驚きのあまり、全く抵抗出来なかった。

 もうだめだ

 電車はもうすぐそこまで迫っていた。眩しいライトを浴びながら、全てを諦めようと瞼を閉じたその刹那、私は誰かに強く引っ張られた。
強い衝撃を感じたのと同時に、断末魔の叫びが耳を劈く。

「う"ぁぁぁぁぁ!!!!!」


 ……何が起きたのだろう。


 すぐには理解出来なかった。もう自分は死んでるかもしれない、とさえ思った。

「生きてる……?」

 恐る恐る目を開けると、幸村が私の顔を心配そうに覗いていた。
九死に一生を得た、とでも言おうか。私は幸村に抱きかかえられ、踏切の外側に横たわっていた。

「うん、生きてる。生きてるよ……」
「よかった」
「ありがとう……」
「ふふ、目の前で死なれちゃ後味悪いからね」

 幸村は綺麗に微笑んだ。その瞬間、彼には一生感謝して生きていこうと思った。

 しかし安堵したのも束の間、辺りの惨状を見て、さっと血の気が引いた。

「なにこれ……」

 私を踏切の中に連れ込もうとした男の姿は、もはや原型を留めていなかった。
周辺には大量の血液が飛び散り、ザクロの実のような肉片が、そこかしこに転がっていた。

「いや……っ!」

 足元に血に濡れた頭部らしきものがゴロリ、と転がってきて、全身が粟立つ。飛び出した眼球が、こちらを恨めしそうに見ているような気がした。

 この男は何故、私を道連れにしようとしたのだろうか……。

 突然向けられた無作為な悪意に、酷いショックを受けた私は、その後のことを、ほとんど記憶していない。
 もしかしたら幻だったのかもしれない、とも思う。だからこの件は、誰にも話していない。勿論、テニス部のみんなにも……。

 「死」なんて、案外身近なものだ……。それを思い知ったあの日から、私の中で確実に何かが変わった。



「お待たせ」

 待ち合わせ場所の駅の改札を出ると、そこには柳と真田の姿があった。久々に見る姿に、口元が綻ぶ。

「あれ?皆は?」
「まだだ」
「そっか。それより真田……なんだか貫禄が増したね?」

 中学生の頃から既に、父兄や顧問に間違えられるほど大人びていた彼が、また一段と老けたように見えるのは、スーツに身を包んでいるからかもしれない。
その身なりは、中年のサラリーマンかと見紛うほどで……

「『真田はいつになったら、年齢が見た目に追いつくんだろう?』と、みょうじは思う」
「ちょっと、柳!」
「違うか?」
「ち、違わないけど……そうやって、さらっと人の思考を読んじゃうところ、ほんと昔から変わらないよね!」

 柳はうっすらと笑みを浮かべた。この蒸し上がるような暑さの中でも、彼の佇まいはどこか涼しげに見えた。


 しばらく改札口で待っていると、柳生、ジャッカル、ブン太、仁王と、元テニス部のレギュラーが、続々と集まってきた。
皆一様に、黒っぽい服を着ているのは、真田からそのように指示されたからだろう。

 久々にみんなと会えたので、積もる話は山のようにある。挨拶もそこそこに、皆で雑談を交わしていた。
 しかし、約束の時間になっても、姿を現さない困った後輩が1人……。

「暑っち〜! 赤也まだかよ!」

 ブン太は上着を脱ぎ、それをジャッカルにぐいと押し付けた。 迷惑そうにそれを受け取るジャッカルは、先程から赤也に電話をかけてくれている。

「全然繋がんねぇ」
「仕方ありませんね」

 柳生はため息をつき、眼鏡を押し上げた。彼も、その妖しげに光る眼鏡のせいか、とても年相応には見えない。

「なまえ、そろそろブンちゃんが蒸し豚になってしまうぜよ」
「何それ美味しそう」
「おい!」

 昔と変わらないノリで、ブン太と仁王とふざけあっていると、何だか若返ったような気分になった。


「たるんどる!!」

 集合時間から30分は経っただろうか。今まで仏頂面で黙っていた真田が、ついに怒声を上げた。

「ね、もう先に行っちゃおうよ。赤也には、先に行くってLINE入れておこう?」

 私は怒っている真田にそう提案した。しかし、なかなか首を縦に振らない。この男はいつまで赤也のことを子供だと思ってるのだろう。

「アイツも何かあったら電話してくるじゃろ」
「うむ、しかし、」
「大丈夫だって!」

 私たちは渋る真田を何とか説得して、タクシーを2台手配した。さすがに、このうだるような暑さの中、歩いて行く元気はない。



「綺麗だな」

 タクシーの中で、真田が私にそう言った。あの堅物が、一丁前にお世辞なんぞ言えるようになったのか! と一瞬耳を疑ったが、手元の花束のことを言っているのだと気づいて、納得した。

「うん、ユリの花。お供えしようと思って……」
「そうか」

 真田が神妙な面持ちで頷く。空気がずしりと重くなった気がした。

「皆でお墓参りなんて、初めてだね」
「ああ。今年は7回忌の年だからな」

 同じタクシーに乗り合わせている柳が言った。

「もうそんなに経つんだね……」

 そう思うと、胸が押しつぶされそうになった。いまだに信じられないし、信じたくもない。
あの幸村が死んでしまったなんて。

「原因不明の突然死だったんだよね……?」
「そうらしいな。表向きは」

表向きは ……?

 ぐらりと眩暈がした。どういうことだろう?
私は柳の意味深な発言について、詳しく知りたかったのだか、タイミング悪くタクシーが目的地に到着してしまったので、なんとなく聞きそびれてしまった。


 奇妙だ。もしかして、幸村の死は、あの夏祭りの日のことが関係しているのだろうか……?
お墓参りが終わったら、例の写真のことも含めて皆に訊いてみよう。誰か何か知っているかもしれない。

 私はユリの花束を大事に、大事に、抱えてタクシーを降りた。

by ずっきーに


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