episode.1

「メソメソメソメソうっせぇなぁ!」

 丸井が文句をつけると、なまえはさらに声を張り上げて泣き〈マネ〉をする。

「ったく、たかがフラれただけだろぃ!」
「“たかが”じゃない! てゆーか、フラれてない!」
「はぁ? さっき断わられたって言ってたじゃねぇかよ」
「だから、それはお祭りには一緒に行けないって断わられただけで、告白してフラれたわけじゃないもん!」
「どっちも似た様なもんじゃがのう」

 なまえはキッと仁王を睨みつけるが、仁王は素知らぬ顔で呑気にシャボン玉を飛ばしていた。
屋根のない屋上で、シャボン玉はどこまでもどこまでも上へ上へと昇ってくかと思いきや、案外すぐにパチンッと弾けて次々と消えていった。

「浴衣だって買ったのにィー!」
「お前、普通それオッケイもらってから買うだろぃ」
「相変わらずそういうところがお花畑じゃのう」
「シャラーップ! 失恋して泣いてる女の子に対しての扱いがなってない!」
「あ、自分で失恋って認めてやんの」

 その言葉に急にしゅん、と力なく項垂れるなまえを見て、さすがに揶揄いすぎたかと丸井と仁王は顔を見合わせる。
そんな二人を余所になまえはそのままフラ〜っと立ち上がり、出入り口付近の壁の前で立ち止まると、何を思ったのかその壁に向かって突如自分の頭をぶつけ始めた。
そのさまはまさにキツツキ。ガンガンガンガンガンガンガンガンとリズミカルに頭を打ち付けてる姿は最早ホラーに近い。
慌てて丸井が止めに入る。

「ストップ、ストップ、ストップ! 怖えよ、何やってんだよ!」
「もうなんか死なない程度に頭打っていい感じに記憶消えちゃわないかな? って」

 馬鹿なことを言い出すなまえの額はコンクリートに何度も頭突きをしたせいで真っ赤になっていた。

 三年B組、みょうじなまえ。元気で明るくて、クラス内でも目立つタイプの女子。だから、同じくクラスというか学校規模で目立っている丸井や仁王と仲がいい。
成績は仁王より下で丸井よりは上(尚、本人談)。部活は帰宅部。
ルックスは中の中の中。要は普通。でも、笑った顔は案外……。
 とりあえず、一番問題なのは、その恋愛感だ。
他人が理解できないような理由で簡単に恋に落ちてはフラれるというのをもう何度も繰り返しているのを丸井と仁王はよく知っていた。
フラれる度に、毎度毎度コレなんだから、呆れる以外の反応を取る方が難しい。

「今度こそ運命だと思ったんだもん……」

 うんめい? ってあの運命? 英語で言うとディスティニー?
プププッーと丸井と仁王が堪らず吹き出す。

「なんで笑うの! 恋を笑う者は恋に泣くんだからね! バーカッ、バーカッ!」

 丸井は涙が出るほど笑い、仁王は笑いすぎて咳き込んでいた。
 一頻り笑い終えた丸井が目尻に溜まる涙を拭きながら、「つーかさ、今度の相手は誰だったわけ?」と膨れっ面のなまえに訊く。

「誰って……テニス部の」

 えっ、と丸井が声を出したと同時に予鈴のチャイムが鳴った。
なまえは「あ! 次、プールだ! 急がなきゃ!」とさっさと弁当をしまって先に屋上から出ていってしまう。


「相手、誰じゃろな」

 なまえがいなくなった屋上で仁王がつぶやく。

「あいつの好み謎過ぎて全然想像つかねぇ」
「確かに」
「まぁ、しょうがねぇから祭りは俺たちが連れてってやるか」

 丸井も仁王もチャイムなど気にせずダラダラとするつもりでいたら、すぐ近くの階段で何かが転げ落ちる大きな音が響いた。
二人とも嫌な予感しかしない。
すぐに様子を見に行けば、案の定階段の踊り場でなまえが倒れていた。

「おい、みょうじ!」

 咄嗟に助け起こそうとした丸井を仁王が止める。
「頭打っとる」と仁王が言ったとおり、なまえの後頭部からは真っ赤な鮮血が染み出していて、丸井は言葉を失くす。
 程なくして、教師が駆けつけ、なまえは救急車で病院へ搬送された。
担架に担がれたなまえの白い腕がダラリと力なく落ちるのを見てしまった丸井は、そのあとしばらくその光景が脳裏から離れなかった。

 それから一週間経ってやっとなまえは学校へ登校できるようになった。
なまえが教室へ入るとざわざわとクラスメイトが彼女を囲む。
丸井もその輪の中に加わり、「大丈夫かよ?」と声をかけた。
なまえは丸井の問いに「うん」とだけ答えて、すぐに他の奴らの方へ向いてしまう。
そのなまえの素っ気ない態度に丸井は些か違和感を覚えた。
 久しぶりの登校でなんか緊張してる? そんな玉か?
 チャイムが鳴り担任が教室へ入ってきた。
なまえもなまえを取り囲んでいたクラスメイトも丸井も自分の席へと散らばる。
仁王はこのタイミングで教室へ入ってきた。
日直が号令をかけて朝のホームルームが始まる。

「えー、今日からみょうじさんが学校へ登校できるようになりました」

 ふざけた男子が「よっ!」と合いの手を入れて手を打ったが、担任がそれをすかさず注意する。
ゴホンッともったいぶったような咳をしたあと、担任は真面目な顔で話を続けた。

「ただ、みょうじさんは頭を強く打っていて、今現在一時的に軽い記憶障害を抱えています」

 教室中がザワッとなり、一斉に視線がなまえに注がれた。
なまえはなんとも言えない困ったような表情で曖昧に微笑んでいた。

「頭を打ったときの前後の記憶やそれ以外も所々抜け落ちているところがあるそうです。日常生活には支障ない程度と診断されて、今日から登校することになりましたが、皆さんもそのことを少し気にかけて過ごしてあげてください」

 担任はそれだけ言い終わると、いつも通り出席を取っていく。
クラスメイトがあいうえお順で名前を呼ばれて返事をするなか、丸井はいつまでもなまえから視線を外せないでいた。
 ホームルームが終わり、丸井は真っ先になまえのところへ行く。

「なぁ、お前、俺のことわかる?」
「うん、わかるよ。同じクラスの丸井くんでしょ?」

 それを聞いていた周りの奴らも丸井も同時に固まった。



「今まで対戦したライバル達と戦えば、記憶取り戻すんじゃないっスか?」

 丸井は馬鹿なことを言う赤也の頭を思いっきり殴った。

「まぁ、そうカッカッしなさんな。なるようにしかならん」

 あのあと、なまえを質問攻めにしてわかったことは、頭を打った前後のことをまるっきり覚えていないこと。
それから、その前にフラれた男のことに加え、なぜか丸井のことまで忘れていること。
 丸井は仁王のことは覚えているくせに自分のことだけを忘れていることが無性に腹立たしく、なまえを赤也同様殴ってやりたい気分だったが、さすがにそれはできず、未だ苛立ちが胸の中に巣食っていた。

 せっかくの年一度のお祭りは今週末。
なまえだって丸井だって、本当は仁王だって、この祭りを楽しみにしていたのに。

by 樫野葉

つぎ

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