episode.1

 よっこいしょっと持ち上げた段ボールの底が抜けて、中身が派手な音を立てて床に散らばった。

「嘘でしょ! あー、もう最悪!」

 天井を仰ぎ、自分の不運さを呪った。
 部屋の中ならいざ知らず、廊下でぶちまけてしまったので、片付けないわけにもいかない。
盆に久しぶりに実家に帰省したら、ずっとそのままになっていた二階の自室を今更片付けろと叱られてしぶしぶ片付けていたら、これだ。
 とりあえず、もう一度段ボールの底をガムテームで塞いで、その中に散らばった物たちを適当につっこむ。
当時流行っていた洋楽のCD、授業中に友達とこっそり回した手紙、プリクラ帳。どれもずいぶん色褪せていた。当たり前だ。
 やたら重い卒業アルバムを拾いあげると、その拍子にバサバサと中からスナップ写真が何枚も出てきた。
大方、最後の余白のページにあとから選別して貼ろうと思っていたが、途中で面倒になってやめたのだろう。過去の自分のことながら呆れる。
「明日やろうはバカ野郎」という言葉をどこかで聞いたことがあるけれど、「今」や「そのとき」にしかできないことは確かにあるのだ。
過去の自分はそれに気づかず、明日やろう、いつかやろう、そして忘れてしまう、そんな随分楽観的な人間だったらしい。

 いつの間にかそのまま廊下にぺたりと座り込み、その一枚一枚に見入ってしまう。
そのほとんどは学校で撮ったありきたりなスナップ写真だった。
「若いなぁ」なんて思いながら見ていると、その中に他の写真とは全体的にトーンの違うものが数枚出てきた。
夏祭りの写真だ、とすぐにわかる。
 最後の全国大会が終わったあの夏、「あ、ねぇ、今日お祭りあるんだって。せっかくだからみんなで行こうか」という幸村の有無を言わさぬ号令で珍しく私服姿で集まったテニス部の面々がお祭りを楽しむ様子がそこには映っていた。

 イカ焼き、焼き鳥、チョコバナナに、それからりんご飴。それらを同時に喰らうブン太。となりに立っているジャッカルは焼きそばとお好み焼きを抱えていた。おそらくそれもブン太の分だろう。
 射的に夢中な赤也。と、そのとなりでわざわざちょっかいを出してる仁王。
それを背後から怒っている真田は完全に付き添いの父兄だ。
 柳生は妹のために買った大きな瞳の女の子のキャラクターの描かれたピンクの綿菓子袋を持っていた。ブン太も青い袋を三つ持っているが、他の写真では二つになってるものもあるので、一つは自分用で早々に食べた切ったのだろう。
 私が持っている赤いヨーヨーは柳が釣ってくれたものだ。自分では一つも取れず、見かねた柳が釣ってくれたのだ。
 かき氷のシロップで鮮やかに染まった舌を出して映ってる赤也とブン太と私。
 おもちゃのサングラスをかけてる仁王は、アロハシャツみたいなものを着ているせいで完全にチンピラだった。
 幸村だけがさすが言い出しっぺとでも言うべきか、ひとり夏祭りの正装・浴衣をしっかり着込んでいた。

「なんで、お前、浴衣着ていないわけ?」

 幸村が拗ねていたように私にそう言ったことを今でもはっきりと覚えている。

「だって、お母さん出かけちゃってて……ひとりで着付けなんかできないし……」
「そんなのどうとでもなるだろ。いいから家帰って着てきなよ」
「お、鬼! 鬼の子、幸村!」

 古い記憶なはずなのに、その日の思い出は瞬時に色鮮やかに私の脳に蘇った。
もしかしたら、自分が死ぬとき、最期に思い出すのはこの日のことかもしれないとさえ思う。
私の人生が一変した日、とでも言うべきか……。
 どんどん写真をめくっていくと、ふと、写真の中にキツネのお面をつけた人物が映ってることに気がつく。
こんなおふざけをするのはどうせ仁王だろうと思ったが、着ている服が違うことに気づく。いくら奴でも途中でお色直しということはないだろう。
キツネのお面の人物は白い無地のティシャツにベージュのチノパン。至ってシンプルな服装だ。チンピラみたいなんかじゃない。
他の写真とも見比べてみるが、一緒に来ているテニスの誰の服装とも一致しなかった。
ならば、たまたま映った他人だろう、と結論づけたいところだが、それにしては一緒に映りすぎている。
それに、どんなアングルの写真でもキツネのお面の人物はまっすぐ正面を向いて写っていた。
じっと観察していると、まるで写真のその人物に逆に見つめられているような気になる。

 ゾクリッと背の神経が震えた。

 わからない。なにも。だからこそ、怖い、と感じた。
そして、この写真を見ているはずの当時の自分が何も気づいていなかったことにも強い違和感を覚える。
明らかに不自然に私たちの中に混じっているキツネのお面の人物、これは誰?

「アンタ、そろそろ時間じゃないのー?」

 母親の声でハッと我に返り、慌てて写真をしまい、残りの荷物も段ボールに詰めて元の部屋に置きにいく。
箱を部屋の隅に置いてから、姿見で自分の服にゴミがついていないか念入りに確かめた。
鞄を持って、靴を履く。そうだ、行きがけに花屋に寄らなくては。
買う花はもう決めてあった。ユリだ。
あの甘くて官能的な芳香を貴方に届けよう。
 外は強烈な八月の日差しが容赦なく降り注いでいた。
全身黒づくめだから、なおのこと暑く感じる。日傘も持ってくればよかった、と歩き出して早々に後悔した。



 今日これから久しぶりにみんなに会える。
みんなに会ったら頃合いを見て尋ねてみようか。
さっきの写真を一枚、ワンピースのポケットに忍ばせておいた。

「ねぇ、これ、誰だがわかる?」

 誰か私の問いに答えをくれるだろうか。

by 樫野葉

つぎ

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