episode.4

 なぜどうして真田が居るのか、それよりも彼がなまえの髪を撫でるなどという行為をするのは何故なのか。

 保健室には夕陽の赤が差し込んでおり、閉められた薄いカーテンの中からも分かる綺麗な空の色だ。
それでも真田の着ている黄色いジャージはやはり黄色くて眩しかった。

「起きたか。」
「……なんで、真田。」
「俺では不満か?」

 不満か不満じゃないかの問題では無い。なまえの問いには確かに主語が無かったが、「何故真田がここに居るのか」もしくは「何故真田がなまえの髪を撫でているのか」という疑問だったことなど容易に想像出来るはず。

「そうじゃなくて」
「もう暗くなる。家まで送っていこう。荷物を取ってくる。」

 シャーっと音を立ててカーテンを開けて閉めて、真田は出て行ってしまった。
保険医には「寝過ぎ」と言われたが、もう一度病院に精密検査でも受けに行けと優しく勧められた。
とにかく自分も荷物を取りに教室に行かなければならないので保健室を出る。
3年B組の教室の後ろのドアから中に入ると、先ほどの保健室よりも僅かに暗く感じた。
自分の席にある鞄を持ちあげたところで、黄色いジャージが視界に入る。

「記憶喪失とは、とても稀な体験を致しましたね。」
「……えーっと。」
「おや?私のことも覚えておりませんか?」
「柳生、覚えてる。けど……話したことあったかどうかは…ちょっと…」
「そうですか。失くした記憶を無理に思い出そうとするのはあまり良くないです。気にせずに過ごした方が良いですよ。」
「でもね、知りたいことがたくさんあって。」
「例えば?」
「……私は誰と夏祭りに行きたかったのか、とか。」
「夏祭り、そういえばもう明日ですねえ。思い出せないなら仕方無いです。私と一緒に行きますか?」

 なまえは思わず眉を潜める。
耳鳴りが右から左へ駆け抜けて、柳生から目を逸らした。
持っていた鞄は手をすり抜けて床に落ちた。
校庭からは掛け声が聞こえる。
「イエッサー」って、テニス部のものではないだろうか。
解散を促す真田の大声が響いていた。

真田?

 頭痛がとても酷くなり、柳生に助けを求めようと思った。
一瞬目の前が暗くなる。ふっ、と切れてしまった視界のあと、ぼんやりとまた薄暗い教室が見えてくる。
何秒、いや何分くらい意識が飛んだのか。こういうことは多少続くと医者に言われていたが、それが起きるのが学校でも家でも無かったらどうするのだ。
こめかみからは変な汗が垂れる。

意識が飛んでいたというのに、なまえは倒れてはいなかった。
ゆっくりと顔をあげると、自分を支えるように腕を持ち上げてくれていたのは、ジャッカル。彼の手の中にはなまえの鞄もある。

「テニス部、まだ部活中…」
「いや終わったよ。お前大丈夫かよ?」

 大丈夫ではない。
傷口が開きそうなほどの痛みに襲われて、もうこの安心する腕に全てを預けようと思った。

 やっぱり彼は優しく支えてくれる。
なまえが完全に身体を預けると、倒れないように抱きしめてくれた。
居心地が良く、意識なんかもう手放しても良いんじゃないか、柳生の言う通り記憶は無理に取り戻さなくても良いんじゃない、か、と――――

「弦一郎に殴られるぞ。」

 冷たい音程の言葉が教室に響く。
背筋良く立っていたのは柳。その背後には二年生エースも居た。
それから今度は聞き慣れている筈の知らない声。明るくて、前向きな、ちょっと意地悪な、足音をぺたぺたと鳴らしながら、そしてきっと、ガムでも噛みながら。

「あれ?何してんの。」
「え、丸井先輩こそ何しに?」
「いや忘れ物だよ。明日までの課題がさぁ、」

 もう面倒だった。頑張って意識を保つことなんかやっぱり無理で、頭痛と共に襲ってくる瞼の重みに耐え兼ねて目を閉じる。
その一瞬前に見えたのは、真っ直ぐにこちらを見据える丸井の目と。
それに加えて、彼と一緒に教室に入って来たのは、ジャッカル。

by せん

つぎ

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