おはなし | ナノ


「ねぇ痛い?」

凛月くんはその綺麗な顔を恍惚とした表情に染め、私の腕を見つめながら問い掛ける。 

視線の先には先ほど噛まれた腕があった。鋭い犬歯で貫かれたそれは深い二つの穴から止めどなく液体を滴らせ、じくじくと鈍い痛みを与え続けている。 

痛いよ、凛月くん。わたしがそう言うと自分から聞いておきながらふーんとどうでも良さそうな返事が返ってきた。どうも凛月くんの興味は傷口にしかないらしい。

弄ぶように凛月くんの細い指が傷口付近の皮膚を遊ぶ。凛月くんが肉を摘むとはしたない音を鳴らしながら赤がこぼれ落ちていく。痛くて気が狂いそうだ。いじるたびにわたしが鈍い声をあげるのが楽しかったのか凛月くんは嬉しそうに口元を歪め、またその行為を続けていく。

そんな殺傷をひとしきり楽しんだ後、凛月くんはぱっくりと口を開けた皮膚に指先を食い込ませた。今までの比ではないくらいの痛みと共にぼとぼとと血液が床に落ちていった。

「あーあもったいない。なまえの血は全部俺のものなのに」

そうは言うものの、爪の先で肉を蹂躙して遊ぶのを彼は止めるつもりはないらしい。ぱたぱたと床に血液が落ちる音だけが室内に響く。

私はただされるがままになっていた。どうせなにを言ったって凛月くんの気がすむまでやめてもらえるわけもない。

「ねぇ、俺の色に染まる気分はどう?」

そういって凛月くんが私の顔を覗き込んだ。鬼灯みたいな赤い眼が私を射抜く。彼の瞳にはなにか魔法がかかっているんじゃないかと思う。どんな時だって、何をされてもその瞳と目があってしまえばもう私は凛月くんに捕らわれて何も言えなくなってしまうのだ。

最高、と私が答えると、凛月くんは私に見せ付けるように血の付いた指先を舐めた。美味しいよ、なまえの血。そう耳元で言われるとと体が熱くなったのがわかる。なんて浅ましいのだろうか。

きっともう気が済んだのだろう、やっと解放される。とそう思っていたら、凛月くんはせっかく綺麗になった指先でまた傷を抉り、今度はその指で私の唇に血液を塗りたくった。きつい鉄の匂いに顔をしかめる私をよそに凛月くんはとても楽しそうだ。

「でもやっぱりこっちの方がいいかな」

こっちの方が美味そうだし、とよく分からない事を吐いた後、凛月くんの唇がわたしのそれに触れた。触れ合わせるだけですぐに終わったそれはただ凛月くんの唇に色を付けただけだった。

日を嫌うせいか驚くほど白い肌に鬼灯の様な赤い瞳、唇にはわたしの赤が薄く移っている。暗闇に浮かぶ人間離れしたその姿は実に妖艶だった。

「もっともっと俺の色に染めてあげるからねえ」

夜はまだまだこれからだからね。
凛月くんはふふっと赤い目を細めて笑う。彼の美しい赤に魅せられてしまっている私に拒否権などない。死亡宣告とも聞こえるそれを私はただ虚ろに聞いた。どうせわたしは死ぬまで凛月くんのものなのだから。




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