「…なんだ、それは」

古い資料を書棚から力任せに抜き取ったせいで舞った埃に軽く咳き込んでいると、戸口の方から聞き慣れた声がした。しかも第一声から呆れたような響き全開である。
まだ微かに舞う埃を手で払いながら顔を向ける。胡乱げな視線を私に投げ掛けつつ、いくつか竹簡を片手に室に入ってきた惇はどうやら執務の途中らしい。

「探してた資料が埃被ってたみたいで、棚から抜いたら思いっきりくらっちゃってさ」
「…あぁ、いや、それじゃない」
「え?」

きょとん、となって瞬きと共に惇を見上げる。小さな溜め息を一つ吐いた惇は無言で私の額を指差した。
――あぁ。こっちね。

「午前の鍛練中に受け身ちょっと失敗して顔から倒れ込んだ」
「…」

うわー。辛辣な表情だこと。
また一つ溜め息を吐いて書棚を物色し始めた惇に顰めっ面を向けてやる。私の額に大きく鎮座している湿布はいわば名誉の負傷だというのに。
むくれて竹簡の埃を払っていると、惇のいる方から聞こえてきていた書棚を整理する物音が急に止んだ。

「…あまり顔に生傷を作るな。女だろう、仮にも」

呻くような声で聞こえた言葉に一瞬目を丸くし、すぐに口角を上げる。残念ながら、惇がこういう言い方をするときは照れているからだと私は知っているのだ。

「惇が口付けでもしてくれたらすぐ治ると思うんだけどなー」

完全にからかう声音でわざとらしく首を傾げて言う。
帰ってこない反応に表情を窺ってやろうと笑みを浮かべたまま一歩近付くと、ふいに私の顔に影が落ちた。
え、と固まるのと同時に、――額に押し当てられる感触が降る。

「…惇、髭、くすぐったい」

ぽつり、と溢した声に、惇は仏頂面でそっぽを向いたまま、悪かったな、と不貞腐れたように呻いた。
だから、照れてるの丸分かりなんだってば。今はからかう余裕無いのが癪だけど。




薄い額ひとつ隔てた親愛



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