脚をわざと、ぶらり、と揺らしながら頭上に広がる晴天を眺める。仰け反らせた首は少し痛いが、いつもより近く見える空にあまり気にはならない。
すると、私の前下方からのんびりとした響きの声が聞こえた。
「あんまり体を後ろに反らすと、落っこちちまうだよ」
姫様、と続けられた台詞に、体を戻しつつも思わず膨れっ面になる。そう呼ばれるのはあまり好きじゃない。
「分かってる。だって、許チョの背中にいると空が近くなる気がするんだもの」
「あぁ、おいら体だけはでっかいからなぁ」
その場を満たすおっとりとした空気はどこか今日の日と合っていて、さっきまでの私のむくれた気持ちはすぐさま消え去っていく。許チョの広い背中に凭れると、許チョは私を軽く背負い直した。
「姫様は空がお好きだから木登りするだかぁ?」
「そうね、そうかもしれない」
「でも、危ないから本当はやめて欲しいだよ」
困ったような声でそう言った許チョが首を、くて、と傾ける。
宮の中庭の木に登るのは気が向いたときだが、そのほとんどで許チョに見つかっている。彼はいつも私が満足して降りてくるまで律儀に待っていて、その大きな背に負って私の部屋まで送ってくれるのだ。私が小さな頃から変わらない、許チョとの約束みたいなもの。
「危なくなんてないわ。そんなに高くないし」
「怪我でもしたら大変だぞぉ」
「…父上は、怒るかしらね」
ぽそり、呟いた言葉に許チョは一拍言葉を止めて、もう一度私を背負い直した。
「曹操様はきっと、ものすごく、心配するだよ。おいらも心配で仕方なくなるだぁ」
優しい声は、不思議なくらい自然と私の胸に染み込んでいく。
「…うん、そっか」
「そうだよお」
顔は見えないけど、許チョが笑っているのを気配で感じた。
ゆったりとした歩みと震動にそっと目を閉じて、許チョのあったかい背中に身を預ける。
父上の背中は、許チョくらい広いのかな。ううん、きっと、許チョの方が広いんだわ。だって許チョの方が父上より大きいんだもの。
小さく笑うと、大きな背中も微かに揺れた。
優しく振れる太陽は背中に