失礼します、とお決まりの断りを入れて室の扉を開けると、椅子に腰を下ろした夏侯淵様が自分の手のひらをしげしげと眺めていた。
机の上に置かれた竹簡はもうすでにその役目を終えたのだろう、少し片付けられた形跡がある。
私の方に目を上げて、夏侯淵様は笑って口を開いた。

「おっ唯緋!いやー相変わらず良い時に来るな」
「恐れ入ります」

ちょっと大仰に会釈をしてみせると、快活な笑い声が返ってくる。私もちょっと笑いながら机上の竹簡をまとめて手に取った。上司のまとめた書類を所定の場に届けるのも副官の仕事だ。
伸びをしたり首を鳴らしている夏侯淵様に、そういえば、と問い掛ける。

「手のひらをご覧になっていたようですが、どうかなさったのですか?」
「ん?あぁ、いやそんな大したことじゃなくてな」
「はい」

夏侯淵様が目尻を下げて少し恥ずかしそうに笑う。

「息子のな、次男坊の方、俺の手のひらを握ったり押したりするのが大好きみたいでな。肉刺だらけだし固いしよ、不思議でな」
「――そうなんですか」

相好を崩して手のひらを見つめ笑う夏侯淵様は、完全に普通の父親だ。最近産まれたばかりの次男君は大層父君に懐いているらしい。
いつもの上司としての夏侯淵様とはまた違う姿に、私も思わず笑みが溢れた。

「しかも赤ん坊の手って小さいし柔らかいじゃねぇか。俺とは全然違うなって」
「いつか、夏侯淵様にも負けない逞しい手のひらをお持ちになると思いますよ」
「はっは、そうだな!」

満足そうに笑った夏侯淵様はふいに思い立ったように、竹簡を持つ私の手のひらも眺めて、そして自慢げな表情になる。
お前も上官様に似て立派な武人の手だな、と言った夏侯淵様に、私は思わず膝をついて拱手をした。
この方に一生ついていきたい。できることなら、今はまだ赤子の次男君の手のひらが立派になるときまで。




この不恰好な掌でさえ



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