#社会人設定



――あ。

ベルの音と共に現れた姿に、トレンチを拭いていた手が思わず止まる。ほとんど条件反射で口から出た、いらっしゃいませ、という言葉はゆっくりと響いて口内に消えた。
一緒にいるのは会社の同僚の人たちだろうか。スーツに身を包んだ呂蒙はどこか居心地悪そうに店内を見回し、その目が私と合った瞬間、苦笑いを浮かべた。私も労るような笑みを返してあげて、また作業に戻る。
毎日顔を合わせている、同棲相手の仕事場に来るはめになっている呂蒙の精神的疲労を察してやれる私は結構良い彼女じゃないか、とか考えて笑いが溢れた。

無難なテーブル席に落ち着いた呂蒙と会社の人たちにアルバイトの女の子が注文を取りに行く。
ゆるくネクタイを緩めながら、全員分を注文しているらしい呂蒙(ウェイトレスに一番近い席だからだろう)に新鮮さを感じながら、拭き終わったトレンチを重ねて積む。
帰ってきたアルバイトの子がキッチンに注文を通し、何気なく私の隣にやって来て口を開いた。

「…唯緋さん、今来たサラリーマンのグループ結構かっこいいと思いません?」
「えぇ?」

思わず変な声が出てしまった私には気を止めず、その子は好奇心満載の表情で呂蒙のテーブルを眺めながら続ける。

「特に、あの髪の長い人。あんな綺麗な顔してる男の人とか反則ですよねー」
「…あぁ、確かに」

呂蒙の前の席に座る美丈夫が彼女のタイプらしい。私の位置からよく見える、その美丈夫の左手薬指に銀色の環が鎮座していることは言わないでおこう。

頷いたところで、上がってきた注文品をトレンチに乗せる。呂蒙が嫌がるかも、と思いながら、テーブルに歩いて行った。



***



「――お待たせ致しました」

掛けられた声に、ぎくり、と肩を揺らしてしまった。隣に座る陸遜が一瞬不思議そうな顔をしたが、何も言わなかったので疑問は持たれていない、と内心安堵する。
ちら、と目を上げると、ウェイトレスの制服を身に纏った唯緋が俺の前にアイスコーヒーを置き、にっこりと笑った。砂糖一つ、ミルク無し。一緒に暮らしている相手はやはりと言うべきか、俺の好みを完璧に把握している。

「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「あぁ、はい」
「ごゆっくりどうぞ」

軽い会釈をして、テーブルを後にする唯緋を気付かれない程度に見つめる。綺麗に伸びた背筋と軽やかな足取りがやけに眩しい、――何を考えているんだ俺は。
我に帰った俺に、同じように唯緋の後ろ姿を眺めていたらしい魯粛殿の声が聞こえた。

「ふむ、呂蒙の好きそうなタイプだな」
「ぶふっ」

とりあえずと口に含んだアイスコーヒーを思わず吹きかける。
突然何を言い出すのだこの人は――!?

「はっはっは、図星か」
「…っ…う…と、突然何を言うのですか!」
「呂蒙の好みは分かりやすいからな」
「なるほど、呂蒙殿はああいった女性がお好きなのですね!」
「何が『なるほど』だ陸遜!魯粛殿もこいつの前で余計なこと言わんで下さい!」

興味津々と目を輝かせて身を乗り出す陸遜に辟易としながら、愉快そうに笑っている魯粛殿に眉間を押さえる。あぁ、全く。周瑜殿も笑っとらんで止めて下さい。
勿論何も言えず頭を抱えるしか無かった。



***



飲み物を運んだ直後は何だか賑やかだったが、しばらくして仕事の話をし始めた呂蒙と会社の人たちはまさに働く男、といった感じで、なんだか私には落ち着かなかった。仕事中の呂蒙があんなに格好良いなんて、オフィスにいる普段はどうなっていると言うのだ。
そんな嫉妬だか不安だかよく分からない感情が渦巻く自分を我ながら恥ずかしいと思いつつ、仕事をこなす。

そして、たまたまレジに入っていたとき、見慣れた呂蒙の大きな手が伝票を置いた。

「――あ、ありがとうございます」
「…ご馳走様でした」

ぼそ、と呟いた呂蒙が微妙に視線をそらしているのがおかしくて、思わず忍び笑いをもらす。
ちょっと不機嫌そうな呂蒙が私の微かな笑い声に、ちら、と私を見て、眉間に皺を寄せた。気付いてないらしいが少しだけ耳が赤い。

「――丁度頂戴致します。レシートのお渡しでございます」
「…あぁ」
「ありがとうございまし、」

言葉を言い切る前に、呂蒙がレシートごと私の手を握り締めた。
思わず固まると、呂蒙は目を細めてほんの少しだけ顔を近付けた。



「――制服のスカートの丈、もう少し下げろ」



他の客の目に付くのは気に食わん、と続けた呂蒙は、そのままレシートを抜き取り背を向けて行ってしまった。微動だにできずその後ろ姿を見つめる。

気に食わない、って何が。
そんなこと、今日の夜家に帰ってからも聞けそうにない。
熱くなっていく顔を押さえ、レジスターに隠れるようにしゃがみ込むので精一杯だ。



そして墜落






リクエスト内容[呂蒙/甘/現代]
コンセプトはあれですね、僕の彼女はウェイトレス。呂蒙で書いてみたかったシチュエーションを、リクエストに甘えて形にさせて頂きました!こんな呂蒙さんは如何でしょう^^リクくださったまる様のお気に召して頂けたら幸いであります。たくさんの優しいお言葉、ありがとうございます!ストーカーだなんて…!私は幸せ者すぎるどうしよう。惇兄への荒ぶる気持ちもバレていたようで(笑)これからもよろしくお願いします!今回はリクエストありがとうございました(^^)



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