それからどうした



「唯緋殿、おられますか?」

控えめに扉を叩く音に、筆を止めて顔を上げる。扉の向こうの声が聞き慣れたものだったので、私はどこか安心して声を返した。

「…し、失礼します」
「どうしたの?楽進」

かすかに緊張感を滲ませて記録係の執務室に入ってきた楽進は、落ち着き無く室を見回した。
そして私以外誰も居ないことを確認すると、ぎくしゃくとした動きで椅子に座る私の隣に歩み寄る。右手と右足が同時に出てるけど一体どうしたんだろう。

「…唯緋殿」
「うん?」
「あ、明日、お暇でしょうか」
「へ?」
「あ、いえ!お忙しいのなら構いません!調子に乗ってすみませんでした!」
「ちょ、」

早口で捲し立てる楽進に圧倒されつつ、なんとか手振りで落ち着くよう促す。
とりあえず口をつぐんだ楽進は、何故か顔を真っ赤に染めて項垂れるように肩を落とした。

「…えっと、明日だっけ」
「…はい。お暇でしょうか、と」
「うん。休みだよ」

楽進の様子を心配しながらも頷くと、楽進は垂れていた頭を勢いよく上げて私み見た。その目はこれでもかと開かれていて、彼の勢いに軽く仰け反る。今日の楽進、なんかおかしい。

「で、では、私と……遠乗りにでも行きませんか!」

半ば叫ばれた楽進の言葉に、私も目を丸くする。そして楽進がさっきよりも真っ赤になっていることに気が付き、――かぁ、と頬が熱くなった。これはもしや、私の勘違いでなければ。

「…楽進と二人きりで?」
「せ、僭越ながら…!」

――逢い引き、というやつではないだろうか。

二人して赤い顔をして固まり、執務室になんだか落ち着かない仄かな空気が流れる。
確かに私達は二人で出掛けたことなどは無いが、たかが遠乗りに行くだけじゃないか。必死に自分にそう言い聞かせ、そろそろと目を上げると、私を見つめる楽進とばっちり目が合った。

「…お嫌でしたら、そう言って下さい」

楽進の言葉に慌てて首を横に振る。

「嫌な訳ない、行きたい、嬉しい…」

何故か無性に恥ずかしくなって、尻すぼみになる声でなんとかそう返すと、楽進は肩の力が抜けたように笑って、良かった、と言った。
そのままなんとなく居たたまれずに曖昧に笑みを浮かべると、楽進は何か眩しいものでも見るかのように目を細め、ゆっくりと右手を私に向かって伸ばした。

――さら、と、楽進の指が私の髪をすくようにさらう。

そして、自分のしたことに今更気づいたとばかりに、はっ、と固まり、勢いよく手を離した。

「――し、失礼しました!!」

がばっ、と頭を下げ、物凄い勢いで執務室を飛び出していった楽進を茫然と見送る。開け放たれたままの扉の先で、何かが思いきり壁に激突する音が聞こえた。

頬を両手で挟み、俯く。
仕事なんか、手につかなくなってしまった。全部全部楽進のせいだ。




鳴り止まぬスパンコール






リクエスト内容[楽進/ほのぼの甘酸っぱい/エイプリルフール企画続編]
なんというヘタレ…いやいやシャイボーイですね楽進は!コロ様に応援を頂きましたが、あと最低でも二回くらいは段階を踏まないとチューはできなさそうです(笑)お気に召して頂ければ幸いでございます。優しいお言葉もありがとうございます!リクエストありがとうございました(^^)



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