「俺には君しか居ないんだ」
彼がよく口にする言葉だ。
毎日毎日、彼はそう静かに呟いて目を細め笑う。その顔はどこか恍惚としていて、それと同じくらい自虐的にも見える。
「――唯緋?」
どこからか聞こえてきた声に、はっ、となる。ぼんやりとした霧のような思考はすぐさま消え去り、私の目の前で心配そうに顔を覗き込んでいる姿が映った。
「あぁ、やっぱり、傷が痛むのかい?」
「…ううん、何でもない。ぼーっとしてごめんね徐庶」
私が首を軽く左右に振ってそう言うと、何故か徐庶は眉を落としさらに心配そうな顔になった。彼の手の中にある私の指が、さっきよりほんの少しだけ力を込めて握られる。
「痛いんだろう、可哀想に。…唯緋に傷なんて付いて欲しくはないのに」
「私は大丈夫、少し切れただけだから」
敵の獲物をやむなく素手で払ったとき、何本かの指に当然走った切り傷は、今は徐庶に手当てされ包帯が巻かれている。しかし徐庶は、それでは安心できないとばかりに、私の指から自分の手を離そうとしないのだ。
自分だってさっきまで戦っていて、指や手と言わずいたるところに生傷や出血が見てとれるほどだというのに。
「大丈夫なんかじゃない。この傷は、治るまで君の皮膚に居座り続けるし、治ったあとも居なくならないかもしれないだろう」
「すぐ治るよ。痕だって残ってもすぐ分からなくなる」
「唯緋、分かってくれ。それじゃ駄目なんだ」
どこか懇願するような目で私を見つめたまま、徐庶は握った私の指をゆっくりと撫でる。まるで彼に触れている私の部分が全て愛しいとでも言うように。
いや、『まるで』だなんて曖昧なものではないのだろう。
「唯緋の身体には傷一つ付いて欲しくないし、唯緋の血は一滴も流れて欲しくない」
私は知っている。徐庶の異常とも取られかねない執着や感情は、私への依存からだということ。この魏の国での徐庶にとっての心の拠り所が、私だけだということ。
「俺には君しか居なくて、君は俺の全てなんだから」
それでもこれは、立派な愛の形だと思うの。
だから私は、そっと徐庶の手を握り返して彼に囁くのだ。
「ありがとう、徐庶。嬉しい」
私の言葉に、幸福そうな笑みを顔中に浮かべた徐庶は、好きだよ、ととろけそうな声で私に言う。
私も好きだ。もうどうしようもないくらいに。
「いっそ今日、世界が終わればいい。そうすれば唯緋はもう絶対に傷なんか付かないで俺とずっと一緒に居られる」
――えぇ、それも悪くない。
そう思えるくらいに。
ナイフはたゆたう
リクエスト内容[若干病み気味の徐庶に愛されてでも幸せ/甘め]
徐庶と同じくらい主人公も病んでいる気がするのは私だけでしょうか…?空也様のお気に召して頂ければ幸いなのですが;素敵なお話だなんて、私こそ本当にありがとうございます!いつも足を運んで下さっているとのこと、感謝感激であります…!今回はリクエストありがとうございました(^^)