「…なぁ、お前いい加減陸遜避けんのやめといた方がいいと思うぜ」

隣を歩いていた甘寧の言葉に、びく、と肩が跳ねる。続けざまに踏み出した足は不自然なほど大きな音を回廊に響かせた。
表情を固まらせる私に、甘寧は溜め息を吐いて髪をぐしゃぐしゃ混ぜた。

「…そんなに分かりやすい?」
「まぁな。なんの理由があんのか知らねぇけど、陸遜が切れる前にやめといた方がいいんじゃねーの」
「え、陸遜切れるの」
「お前には、まぁ、あれだけど、あいつは結構腹黒いぞ」

衝撃の事実。
いつも微笑みを絶やさないあの優しい良い子の陸遜が、甘寧の言うようだというのは信じがたいが、もし本当なら私はかなり危険かもしれない。
でもそういえば、最近は陸遜の顔もまともに見ずに逃げるばかりで、私が背を向けた後に彼がどんな表情をしているのかなんて知らない。
嫌な汗をかきながら黙りこくる私に、甘寧がまた一つ溜め息を吐くのが聞こえた。脳裏に浮かんだ声と言葉に、私は苦虫を噛み潰したような気分になった。



あれは十日ほど前のことだ。
いつもと変わりのない午後、相手を務めさせて頂いた姫様との鍛練も終わり、一緒に武具の手入れをしていた。
姫様は間近に控えた婚姻のためか、口から流れるように紡がれるのは劉備殿の話ばかりだ。姫様にこんなにも想われている劉備殿は幸せ者だな、と思いながらそのうっすらと色づいたら頬を眺める。
と、姫様が何かを思い出したように目を輝かせて私を見た。

「ね、そういえば唯緋は陸遜と恋仲なのよね?婚儀はまだ先なのかしら?」

姫様の台詞が一瞬理解できず固まった思考は、落とした武具がたてた音によって現実に引き戻された。我に返り思い切り首を横に振る。

「ち、違います!私と陸遜はそのようなことはありません」
「あら、そうなの?あなた達二人ともすごく優しい目でお互いを見ているから、てっきり…」
「姫様の勘違いですよ、わ、私と陸遜は別に…」

不思議そうに目を丸くしていた姫様に、私の脳内は嵐が吹き荒れたかのようだった。

それからというもの、陸遜を直視できなくなった私は必然的に彼を避けるようになってしまった。
しかし妙なもので、一旦避けてしまうと余計に陸遜のことが気になり、いつでも視界の隅に陸遜の姿を見つけてしまうのだ。そして面と向かって顔を見られない分、盗み見ることが増え、また更に意識してしまうようになる。
私はその悪循環から抜け出せずにいるというわけである。



「…だけど、甘寧、」

頭を振って記憶を払った私の耳に、律動的な足音が聞こえた。それは瞬く間に大きくなり、あ、と思ったときには強い力に手首を掴まれる。
目を上げて、即座に後悔した。

「お話中すみません、甘寧殿。用がありますので唯緋殿をお借りします」
「おー、連れてけ連れてけ」

甘寧の非情さを詰ることもできず、連れていかれるしかできない。手首を掴む陸遜の手は今までに感じたことのないような強さで、恐る恐る見た彼の横顔に私は血の気が引くのが分かった。
完全に、怒っている。







連れてこられた陸遜の執務室で、陸遜は戸に鍵をかけてから私に振り向いた。反射的に目を足元にそらす。

「…陸遜、離して」
「嫌です。離したらまたあなたは私から逃げるでしょう」

否定できなくて言葉に詰まる。陸遜は手の力を緩めてはくれたが、放す気はないらしい。
ほんの少しだけ私との距離を縮めてきた陸遜に体を固まらせると、彼の足はぴたりと止まった。

「…何故私の顔を見てくれないのですか」
「…それは、その…」
「私は、あなたに嫌われるようなことをしてしまったのですか?」

ぽつり、と降った陸遜の声はあまりにも弱々しいもので。陸遜にそんな声を出させているのは私なのだ。
それに気付いた瞬間、自分の中の堰のようなものが切れた気がした。

「…違う、違うの。姫様に陸遜と恋仲なんでしょ、って言われてから私何だかおかしくて、変に意識しちゃってそれで、……陸遜って睫毛長いな、とか、鼻筋通ってるんだな、とかそんなことばっかり思うようになっちゃって、――」



――ひゅ、と息を吸い込む。
言葉は途切れた。



なんの前触れもなく一瞬で私達の間に残っていた僅かな隙間を埋めた陸遜は、私の手首を掴んだ手とは逆の手を私の頬に滑らせた。
そのまま、やや強引に顔を上げさせられる。
そして、――額が軽くぶつかった。

「唯緋殿の気持ちは分かりました」
「陸遜、」
「どうせ見るんだったら、近くでもっとよく見て下さい」



身動ぎすれば重なってしまうかもしれないほど近くにある陸遜の唇が動くたびに、熱を持った吐息が触れて頭がくらくらした。
僅かに伏せられた陸遜の睫毛の一本一本まで、艶を帯びているのが分かる。
そこから覗く瞳はまるで火のように、めらめらと私の心と身体全てを侵食していく。

もう、駄目なのかもしれない。

焦がし尽くされるかのようなこの気持ちの名を、私は知ってしまった。




残った私はすべてあなたのもの






リクエスト内容[陸遜/とある言葉から意識して挙動不審になってしまう/甘]
ちゅーしなくても触れそうなくらい顔が近いだけで破壊力抜群だと思う。陸遜並みの綺麗な顔だと尚更。リク下さったおがわさまに少しでもご満足頂ければ良いのですが…!大変お待たせ致しました(;><;)ご希望の内容に上手く沿えていなかったら申し訳ありません;一万打のお祝いコメントも下さり、本当にありがとうございます!(*´∇`*)更新を楽しみにしてくださる方がおられる限り、頑張る所存であります=3今回はリクエストありがとうございました!



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