さっきの続き



どれくらいの時間が経っただろうか。それはまるで時が動きを止めたような、そんなものに感じられた。
燭台の灯に照らされた張コウ殿の横顔を、身動き一つ取れず見つめる。向けられた瞳の奥に映る獰猛な色に、私は為すすべなく呼吸を詰めるしかできない。
私の左手指先に触れては離れ、また触れる張コウ殿の唇は冷たく、しかし、今の彼には不釣り合いなほど穏やかで優しいものだ。まるで、慈しんでいるかのような錯覚にさえ陥る。

「――っ、」

だが、白い頬に影を作るように伏せられた張コウ殿の長い睫毛が、ぴくり、と持ち上がるたび、私の身体全てを縛るその目がまざまざと語りかけてくるのだ。私は獣に捕らえられたただの獲物でしかないのだと。

またそれから時間が流れ、やっと私の指から唇を離して顔を上げた張コウ殿は、私を見据えたまま二人の間の距離をさらに縮めた。思わず一歩退こうとした肩が扉にぶつかり、小さな音を立てる。

「…唯緋殿」

ぞくり、と背筋が粟立つ。
たった一言、発せられた私の名前。そこから隠しきれずに滲み出すぎらついた響きは――渇望だろうか。
待って、待って。
振り絞るように僅かに左右に振った顔も、後頭部に伸ばされた張コウ殿の大きな手のひらによって簡単に抑えられた。
そのままゆっくりと近付いてくる張コウ殿の端正な顔を、ほとんど抵抗もできず見ていた。

「――んんっ、う、」

唇を重ねられたのだという理解は、どこか冷たいその温度を感じた瞬間にやって来た。
抗う術など知らない私の身体は、ただただその身を固くするしかできない。
ぬる、と唇をなぞられ、感じたことのない感覚が背中を駈け上る。酷く熱い。重ねられていた彼の唇とは違うその温度に、私の瞼が無意識に震えた。

一体何が起きている?

そんな馬鹿げた思考を意にもせず一瞬で掠めとるように、張コウ殿の舌が何度も私の唇を撫でる。身体中の水分が全て沸騰してしまいそうだ。
堪えきれず薄く開いた唇の隙間から、狙い済ましたかのように張コウ殿の舌が、ぬるり、と押し入る。お願い、待って――そんな懇願は声になることも叶わない。
縮こめていた舌をいとも簡単に捕らえられ、なぶられる。ゆっくりと歯列をなぞり、上顎をくすぐられ、私は頭のてっぺんから爪先まで蜜をかけられたかのように感じた。
もう既に力の入らなくなった腰を支える為にか私の両足の間に性急な仕草で割り入ってきた張コウ殿の膝に、腿が痙攣したように震えるのを感じる。霞がかかっていく思考と耳朶を侵す水音に、もう何が何だか分からなくなった。



「――っは、唯緋、殿…」



蹂躙し尽くされ、熱を残したままほんの少し離れた唇で、張コウ殿がまた私の名前を呼ぶ。ほとんど反射的に目を開け――すぐさま後悔した。

私の下唇を柔らかく食みながら薄く開かれたその目は獣そのものだ。

あぁ、食べられ、る。




骨まで溶かして






リクエスト内容[張コウ/『狼と羊』続編]
捕食者張コウさん再び。張コウさんの薄めの唇は割りと冷たいといい。このお話でリクエスト頂けて、文字通り爆発してしまいました…!本当にありがとうございました!\(*´∇`*)/藍様に少しでも満足頂けたら幸いです。仲権くんシリーズにまでそんな温かいお言葉を…!嬉しすぎてどうにかなりそう!(笑)コメントもたくさん頂き、ありがとうございます(^^)私も狼な張コウさんに攻められt…ゲフンゲフン 今回はリクエストありがとうございました!



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