「…あー、その、唯緋殿」
「はい?」

突然歯切れ悪く言葉を挟んだ張遼殿に、軽く首を捻る。張遼殿はどこか居心地悪そうに腕を組み換え、私の背後を、ちら、と見やった。
疑問に思いつつ後ろを振り返る。しかしそこには何も変わらない回廊の景色が広がっているだけだ。

「…張遼殿?何かありましたか?」
「…あぁ、いや、先程までというか…」
「え?」
「いや、今日はここまでに致しましょう」

唐突にきっぱりとそう区切った張遼殿を目を丸くして見上げる。明日の調練のことはまだきちんと相談し終わっていないというのに、途中で話を切り上げるとは張遼殿らしくない。
まじまじと見つめると、また張遼殿は目をそらして居心地悪そうに身動ぎをした。

「…張遼殿、もしやご気分が優れないのですか?」
「はっ?い、いや!そのようなことは、」
「…ちょっと失礼します」

何故か赤くなった顔に、熱でもあるのかもしれない、と内心慌てて検分のために手を伸ばす。しかしその手は張遼殿の額に届く前に、おののいた表情に変わった張遼殿によって掴まれた。

――途端、私の背後で、木材か何かが思いきり折れるような音が聞こえた。



「…え、楽進、殿?」

音に驚いて反射的に振り返ると、粉砕され外れた回廊の手すりの一部を掴んで直立不動の楽進殿がそこに立っていた。一体何事だろう。
よく事態を飲み込めず固まる私と張遼殿に、楽進殿は、はっ、と我に返ったようでみるみる顔を真っ赤にし慌てふためいた。

「お、お話中に申し訳ありません!邪魔をするつもりは毛頭無く、いや、しかし仲睦まじいご様子につい力が、――あ!い、いえ何でもありません恐縮です!!」

早口で捲し立てる楽進殿に呆気にとられつつ、彼が掴んだままの回廊の手すり(だったもの)がどんどん握り締め潰されていっているのに気付く。そしてそのまま、飛び出した破片が刺さり楽進殿の手から血が出ているのが目に止まり、ひゅ、と脳が冷えた。
まだ口を動かし続けている楽進殿を遮るように、力のこもった右手を両手で握る。と、楽進殿が、ぴた、と言葉も途切らせて固まった。

「楽進殿、手から力を抜いて下さい。このままでは傷が深くなります」
「――え、あ、」
「とりあえず医務室に行かなくては。私もご一緒しますから」

張遼殿に、失礼します、と頭を下げ、顔を赤くしたままぎこちない動きの楽進殿の手を引いて歩き出す。
流れる血を拭うように手をさすると、楽進殿が思いきり体を跳ねさせた。どうやら痛んだようだ。申し訳なく思って手を離すと、何故か楽進殿は肩を落とす。
そういえば、もしかして楽進殿はさっき張遼殿に何か用事があったのでは、と考えながら医務室へと向かった。







唯緋殿が私に手を伸ばした瞬間、思わず血の気が引いた。彼女はいささか鈍感だ。殊に、楽進殿の行動云々に関しては。
しかし唯緋殿に手を引かれ去っていくときの楽進殿の顔は分かりやすすぎるといっても過言で無いほど嬉しそうであった。なんとも噛み合わぬお二人であることだ。
私はただ、巻き込まれたくないだけだというのに。




ここにまだ春はない






リクエスト内容[楽進/張遼と話すヒロインの気を引きたい/冷静なヒロイン]
ほぼ最初から後ろで様子を窺っていた楽進。恋路でも猪突猛進に一番槍を目指します!恐縮です!こんなイメージでしょうか。すみません、紫苑様に怒られてしまうやもしれませんね…少しでもお気に召して頂けたら幸いです(・・;たくさんのコメントや温かいお言葉、本当にありがとうございます!お待たせしてしまい申し訳ございません(>_<)今回はリクエストありがとうございました!



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