「――そういえば元直。近頃あまり眠れていないのですか?」
「え?…あ、ま、まぁ…」
やはりそうですか、と言って表情一つ変えずに筆を進める孔明をまじまじと見る。脈絡の無い質問に正直驚いたが、その内容が間違いではないことに何だか居心地の悪さを感じた。
何故知っているんだ?孔明に相談などはしていなかったと思うんだが。
そんな俺の物言いたげな雰囲気に気付いたらしく、孔明は相変わらず手元から顔も上げずに応えた。
「月英から聞きました。唯緋殿が、寝付きに良いお酒やお茶を教えて欲しいと訪ねに来たと」
「…唯緋、が?」
「えぇ」
ぽかん、と目を丸くした俺に、やっと孔明は軽く目を上げて薄く笑う。その笑顔がどこか悪い顔に見えるのは孔明にそういう意図があるからだろう。俺の副将である唯緋は、何とも複雑だが孔明夫婦にえらく可愛がられているのだ。
そこでふと思い出す。そういえば昨日彼女が、心を落ち着かせる作用のあるお茶がたまたま手に入った、とか言っていたような――、
「愛されてるねぇ」
室の隅で窓枠に凭れるように書物を読んでいた士元が発した言葉に、思わず掴んだ竹簡を落としかける。なんとか指先で押さえ込み、持ち直しながら士元を見やった。
口布に隠れていても分かる。さも面白いとでも言わんばかりの顔だ。
「…からかうのはやめてくれ」
「本当のことを言ったまでだよ。副将の鑑じゃあないかね、なぁ諸葛亮」
「えぇ、ホウ統。全くです」
「…」
自分でも分かるくらいに渋い表情で視線を外す。この二人が悪乗りすると到底俺は敵わないのだ。
まだ全身に向けられているのを感じるにやにやとした視線を無視して竹簡の整理を再開する。すると、室の外から軽やかな足音と扉を叩く音がした。
「――失礼します。…あ!ここにいらしたんですね」
噂をすれば、とは良く言ったものだ。
戸口から姿を現した唯緋に、俺は何故か妙な緊張感を感じて背筋が伸びる。彼女は俺を探していたらしく、軽く会釈をして室に入ってきた。
「あぁ、諸葛亮様とホウ統様もご一緒だったのですね。失礼致します」
「えぇ。こんにちは唯緋殿」
「お前さんは相変わらず元気そうだねぇ」
自分に向けられている、明らかに揶揄を含んだ笑みに気付かないのか、唯緋は笑顔で二人と言葉を交わしている。鈍感な所は彼女の美点だと思うが、変な所は鋭いのに――例えば、俺の調子の違いとか――って、何を考えているんだ俺は。
心中で思いきり頭を振って思考を払った俺に、唯緋が近付いて顔を見上げるように覗き込んだ。
思わず小さく跳ねた肩に、どうやら唯緋は特に疑問を抱かなかったらしい。笑って口を開く。
「徐庶様、そろそろ休憩にしませんか?私、昨日言っていたお茶を淹れてきますから」
――何だか顔が熱いのは、不可抗力だと言わせて欲しい。
「……あぁ、えと、じゃあ、」
「はい!すぐお持ちしますね!」
溢れんばかりの笑顔で顔をほころばせて、唯緋は嬉しそうな足取りで室を出ていった。
俺の心の機微には鈍感な彼女には、心臓がうるさい俺の今の気持ちなんて分からないんだろう。あぁ、熱い。
…だから、にやにや俺を見るのはやめてくれ二人共。
アプリコットガール
リクエスト内容[徐庶/甘/副将ヒロイン]
孔明と先生がタッグを組んだらきっと誰も敵わない。一度書いてみたかった水鏡門下トリオのやりとりが書けて満足しています(^^)リクくださったかきぴー様に気に入って頂けたら良いのですが…!いつも当サイトのお話ににやにやして頂いてるとのこと、ありがとうございます(*´∀`*)なので今回は孔明と先生にもにやにやしてもらいました(笑)リクエストありがとうございましたー!