#高校生設定



「――」

無言のまま向けられた微笑みに、緩みすぎることのないよう気を付けて笑みを浮かべ、小さく会釈する。カウンターの中でパソコンに向かっていた先輩はまたすぐ仕事に戻り、手元に積まれた本を寄せた。
私はお気に入りのファンタジー小説の棚に移動しつつ気付かれないようこっそりと先輩を盗み見る。カッコいいなぁ。本が似合うなぁ。相変わらずな感想を心の中で呟いた。

元々、文鴦先輩とは去年の図書委員会で知り合った。委員で分担した仕事がたまたま一緒で話すようになり、それまでその長身から若干怖く思っていた先輩が実は真面目で優しい人だと知ったのだ。
そして今年、淡い期待を抱いて私はまた図書委員を選び、その期待は見事に叶った訳である。
最初の会議で文鴦先輩の姿を見つけて飛び上がりそうになっていた私に、先輩は笑顔で話しかけてくれたのだ――また同じだな、と。
無論、目下片想い中だ。

小説の背表紙を眺めて物色しながら、先輩を、ちら、と見つめる。すると先輩がカウンター内の椅子から立ち上がり顔を上げようとしたので、慌てて目を書棚に戻した。見つめたまま目が合ったら笑顔を返してみよう、という思いきったアプローチは未だ実行に移せないままだ。
そうこうしていると足音が近付き、棚の陰から先輩が姿を現した。

「あ、先輩」
「もしかしてこれを探しているのか?」

そう言った先輩の右手に掲げられた本を見て、思わず目を丸くする。先輩は私の反応に小さく笑った。

「この間これを借りたいと言っていただろう。さっき返ってきた」
「…あ、ありがとうございます」
「あぁ」

穏やかに笑う先輩に手渡された本を見つめ、思わず唖然となる。確かにこの本を借りたいが借りられている、と、この間先輩に話した。何日も前のことだ。
なんだか信じられないような気持ちで先輩を見上げる。

「…覚えててくれたんですか?」
「ん?…あぁ、まぁな」

どこか照れくさそうに笑う先輩に、胸の中で、じわじわ、とした感情がゆっくりと広がるのが分かる。恋する女の子の幸せは、存外お手軽なものなのだ。

先輩の好きな時代小説の最新刊、今日発売ですよ。良かったら放課後一緒に――

――だめだ、言えない。



***



見慣れた姿勢の良い姿が図書室の書棚に消えていくのをそっと見つめる。左奥の通路を入って、右から三つ目。彼女は定位置の小説の棚の前で足を止めた。
本当に唯緋は本が好きだ。二年も連続で図書室委員を選んだのは間違いではなかった、と思い、慌ててその思考を打ち払う。このような感情は私にはどうも甘すぎて慣れない。

書籍検索を終え、パソコンをトップページに戻し椅子から立ち上がる。見つかって借りていかれることの無いようにとカウンターの隅に置いていた本を手に取り、顔を上げる。
さりげなく目をやって確認すると、唯緋は書棚の背表紙を熱心に追っている最中だった。彼女の横顔を眺めながら足を運ぶ。
いっそ彼女が、図書室でたまに見かけるというだけの関係であれば、思い切って自分の感情を口にすることもできるかもしれない。

「――唯緋」

いや、できないのだろう。

私を見て、こんなにも無条件に信頼しきったような笑顔を浮かべる大切な後輩に、今はまだ。

右手に持った本の表紙がよく見えるように持ち上げながら、彼女の目が丸く開かれるのを見つめる。
そういえば、唯緋の好きな小説が今度映画化されるらしいな。良ければ私と――

――このぐらいなら大丈夫だろうか?




今はまだ鳴らないガーリーチューン






リクエスト内容[文鴦/学パロ/友情から踏み出せない]
文鴦はきっと習い事や勉強に忙しい学生だと思います。お父さんが手塩にかけて育ててる。でも熱心で真面目だから隠れファンとか多そうです。初めて書くキャラで、楽しく書かせて頂きました(^^)岸尾様のお気に召して頂ければ幸いでありますれば。あたたかいお言葉や応援、本当にありがとうございます!とても嬉しかったです(*´∇`*)今回はリクエストありがとうございました!



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