#現代設定



私の隣人は、女癖が相当に悪い。節操が無い、といった方が正しいのかもしれないが、とにかく女性との付き合い方が一昔前のドラマみたいだ。
見かけるたびに連れ込む女性が違うなんてのは序の口で、頬を思いきり平手打ちする音がしたかと思うと力任せにドアが閉められる音が続き、いからせたハイヒールの音が遠ざかる、なんてことも今まで一度や二度なんかではなくあった。
これだけ聞くと、どんな最低男かと思われるが、またその隣人さんはお姉様方が放っておかないようなイケメンなのである。そうして繰り返される無限ループ。
至って普通のただの大学生である私からすれば、できればお近づきにはなりたくない人だ。だからこそ、今までなるべく関わることの無いようやってきたのだが。

――金曜日の夜11時過ぎ、そういう訳にもいかなくなってしまったのだ。



「…あの、」
「…おや、……あぁ、すまないね。どうやら部屋を間違えていたようだ」

珍しくバイトの無い週末、録り溜めしていた洋画を一気に見ようとテレビにかじりついていた夜、突然玄関先から聞こえた、ゴト、という音に集中を削がれ。多少の怒りを覚えつつ、様子を確認するために玄関に向かい、ドアスコープを覗いた。
しかしそこには誰の姿もなく、不審に思って扉を開くと、――視界の下の方で、凭れていたらしい何かが、もぞ、と動いた。
その『何か』が例の隣人だと気付いて――今に至るわけだ。



「…家、入らないんですか。風邪引きますよ」

普段なら、じゃあ、と扉を閉めていただろうが、そうしなかったのは本当にたまたまだ。たまたま、隣人さんが青白い顔をしていることに気付いたからだ。
彼は少しだけ眉を下げて私を見上げ、困ったように笑った。

「どうやら鍵を置いてきてしまったみたいでね。…もうアパートの管理会社に連絡も付かないし」
「…そう、ですか」
「仕方がないから今夜は月と二人きりで過ごすとするよ。お酒でもあれば尚更良かったのだけれど」

全く気にした様子も無く穏やかにそう言う隣人に、溜め息が零れた。――そして多分、魔が差したんだと思う。

「…郭嘉、さん。どうぞ」

扉をさっきよりも開いて中を指し示してやると、隣人さん――郭嘉さんは驚いたように目をみはった。

「屋根と室内くらいは提供しますから。ソファーなんて無いですけどそれでも良かったら」

言葉を続けながら、ちょっと遠慮しつつ郭嘉さんの腕を掴む。抵抗はされなかったが、触れた体温の低さに心中驚いた。顔色が悪く見えたのは案外気のせいではなかったのかもしれない。



教科書やプリント類が乱雑に積まれた私の部屋に郭嘉さんの存在はまぁ異質で違和感しか無かった。机の前に腰を下ろした郭嘉さんは困ったような顔で私を見る。

「…いや、やはり申し訳ないかな」
「今更もう気にしないで良いですよ。私が勝手にしたことですし」
「…だけど、あなたは私と関わり合いになりたくないんだろう?」

至極穏やかに響いた声に、コンロをつけた手が止まる。視線を移すと、郭嘉さんは全てお見通しといったように微笑んだ。

「…気付いてたんですか」
「まぁ、ね」

どうやら、私が思っていた以上に聡い人だったらしい。私の中の、享楽人間のイメージがそっと薄れていく。

「ところで、あなたは一体何を――」

郭嘉さんが投げ掛けた疑問を遮るように、机にトレイを置く。そこに乗せたおにぎりと味噌汁に、郭嘉さんが目を丸くするのが分かった。

「夕飯の残りですけど、良かったらどうぞ。っていうか食べて下さい」
「…え、これは…」
「郭嘉さん、ちゃんと食べてますか?」

私の言葉に、郭嘉さんは口を噤んでまじまじと私を見つめた。なんだその意外そうな目は。
この人は聡いから、自分の体調や機微に自分で気付かないはずもないだろう。そしてそれを他人に隠すのも――どうやら得意みたいだ。

「別に訳なんて聞きません。とりあえず今はそれ食べて下さい」
「…はは、」
「なんですか」
「…面白い人だね、あなたは」

さも面白いとでも言うように笑う郭嘉さんからは、さっき一瞬だけ見えた青白い表情は微塵も感じられなくて、私は思わず舌を巻いた。なんてこの人は自分を悟らせないのが上手いのか。

そっと味噌汁に口をつけ、郭嘉さんは緩やかに微笑んだ。

「…あぁ、こんなに美味しいものは久々に食べたよ。ありがとう、……唯緋、さん」

そのとき一瞬だけ見えた、どこか安堵したような表情は、演技か偶然かそれとも――。

私の心が、目の前のこの人を放っておけない、と呟いた気がした。




マスカレードは誰が為に






リクエスト内容[郭嘉/おまかせ]
郭嘉さんって女好きだけど見境なく誘って手を出す人ではないと思っています。個人的に。あんなにも、いやらしさを感じさせない女好きも珍しいと思う。おまかせ、とのことで思うがままに書かせて頂きましたが、卯月様に満足頂けたら幸いであります…!たくさんコメント頂けて嬉しかったです(*^^*)ありがとうございます!お、おぉ…当サイトのお話で魯粛の魅力を出せていたでしょうか…!優しいお言葉にも本当に感謝です(*´∇`*)今回はリクエストありがとうございました!



×
「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -