「楽進」
「はい?」
「婚儀の話断ったらしいな」
調練後、武具を外しながら何気なく放った言葉に楽進は勢いよく顔を上げて俺を見た。その顔は驚きに満ちている。どうやら噂は本当らしい。
「…李典殿、何故それを?」
「んー?まぁいろいろと、な」
「はぁ…」
何とも言えない複雑そうな顔で俯く楽進を見やる。どうやら何か事情でもあるようだ。俺の勘がそう言ってる。
「相手も力持った豪族の娘だったんだろ?何でまた断ったりなんかしたんだ?」
「そんなことまで…、いえ、私などには勿体無い話でしょう」
「へぇ…」
武器や武具を脇に抱え、鍛練場を歩く。戦場でもそれなりに見慣れてきた目線の隣をちょっと見下ろしながら首を捻った。
「…ってか、楽進は浮いた話の一つも聞かないしな……女に興味ないのか?」
俺の言葉に楽進が、抱えていた武具類を盛大にぶちまけた。
驚いて楽進を見ると、顔がありえないくらい真っ赤だ。何の気なしに出した言葉はどうやら楽進の中の何かに当たったらしい。
「り、李典殿!な、何を突然…!」
「まぁそういう趣味も別に悪くはないと思うけどな」「何の話ですか!私は異性をお慕いする人種です!」
「あそう。良かった。じゃあ惚れた女でもいるのか?」
――あぁ、ピンときた。
途端に口を噤んで目線を足元に落とした楽進の表情全てが物語っている。
「…そのような方は、いません」
「へぇ?」
この御仁は、どうやら嘘をつくのが極端に下手らしい。俺じゃなくても丸分かりだ。
楽進の慕う相手か。こりゃちょっと調べてみる価値はあるかもしれない。
そのまま、この話は終わりだと言わんばかりに黙り込み、歩く速度を無意識にだろうが少し速めた楽進の後を歩きながら、なんともまぁ不器用な奴だ、と小さく溜め息を吐いた。