穏やかな教室の喧騒の中、自分の席につき机の中に教科書やノートを入れる。
昨日の朝のあの独特の緊張感は嘘のように跡形もなく、登校してきたクラスメイトの何でもない会話が聞こえる日常に戻っていた。

「おはよ!」
「あ、おはよう」

机の横に鞄をかけていると、いつも通りの人懐こい笑顔を浮かべながら夏侯覇が隣の席に荷物を置いた。いつもはチャイムぎりぎりなのに今日は珍しく早いらしい。
席について荷物を取り出す夏侯覇を横目に眺め、無性に溜め息をつきたくなった。
結局、今年も渡せなかった。

「ねぇ」
「ん?」
「昨日いくつチョコもらった?」

僻んでいるように、妬んでいるように見えてないかな。
必死に普通の表情を意識してそう聞くと、夏侯覇は一瞬、きょとん、としてから軽く首を捻った。

「3、4個…ぐらいか?つっても全部義理みたいなもんだけどな」
「そうなんだ」

そう答えた夏侯覇に、きっと何個かはあげた子が言えなかっただけで本命なんだろうな、と心の中で呟く。本人にあまり自覚はないが、夏侯覇はそれなりにモテるのだ。

「…本命の子からはもらったの?」
「は!?何だよ急に、」
「いや何か…気になって」
「……もらってない」

え?、と頭が混乱する。確か、すごく可愛い夏侯覇の幼馴染みの子は昨日の朝にチョコを渡しに来ていたはずだ。

「幼馴染みのあの子は?」
「へ?…いやいや違うって!あいつの本命は俺の伯父さん!」
「そ、そうなの?」
「そうだよ!あービックリした…」

どうやら、幼馴染みの子とのことは私の勘違いだったらしい。夏侯覇に気付かれないように、ほっ、と胸を撫で下ろす。
そこで、はた、と気付き、何故か物凄く焦った顔をしている夏侯覇を見つめて口を開いた。

「…じゃあ本命の子って誰?」
「…いやいやいやいや!!何聞いてんだお前!!」

上ずった声で言い募る夏侯覇に、はっ、とする。本人に何を聞いてるんだ私は。それでいざ本命の子を知ったりしたらもう辛くて顔なんか合わせられなくなるのに。

「あ、ごめん…。そうだよね」
「あ、や、別に…いやいや、やー、えっと」

顔を真っ赤にし目を白黒させる夏侯覇に、彼の本命の子が羨ましくなって気付かれないようにそっと目を伏せる。
あげる勇気も無いのに用意してしまったチョコは、家で一人悲しく消費することになりそうだ。




ハッピーエンドは程遠い




「そこで告白できないのが仲権ほんとヘタレだよね」
「うるせー!自分だって伯父さんに告白してないだろ!」
「告白は18歳になって惇兄と同じ大人になってからって決めてるんですー。同い年の仲権とは条件が違うもん」
「ぐぬぬ…」




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