身支度を整え、荷物を持って更衣室を出る。少し前に帰った高校生のあの子は今頃彼氏と仲良くデートなんだろうか、とか考えて、何だか虚しくなってきたのでやめた。

「あれ、馬岱?」
「お疲れぇー」

遅かったね、と言って笑う、休憩室のソファに深く腰掛けたバイト仲間に目を丸くする。
配属されている部署が比較的暇なため、イベントの度に特設売り場に引っ張られる私と馬岱はもうかれこれ2年弱の付き合いだ。その間、確か馬岱は同居してる従兄さんのお世話があるとかでバイト終わりはすぐに帰るのが常だった。
そんな馬岱が、支度の遅い私と同じ時間にまだ帰っていないなんて珍しい。

「今日は若、大学の友達と飲み会あるらしくて。多分朝まで帰ってこないから」
「あ、そうなんだ」

私の疑問を察したように苦笑してそう言った馬岱に納得し、向かいのソファに荷物を置いて腰を下ろす。
伸びをしたりしている目の前の男を見て、バイト中から気になっていたことを思い出し、あのさ、と切り出した。

「今日、夕方に買いに来てた中学生くらいの女の子覚えてる?15分くらいずっと悩んでたあの可愛い子」
「え?…あぁ、ウィスキーボンボン買ってった子?」
「そう。ね、何でお酒入りのチョコをあの子が買うって思ったの?」

あの子と同じ年頃の男子がウィスキーボンボンを好むとは思えない。
私の言葉に馬岱はきょとんと一度だけ瞬きをして、あぁ、と穏やかな微笑を浮かべた。

「あの子、大人が買うようなちょっと高めのブランドのチョコばっかり見てたからね。包装とかチョコ自体のデザインも落ち着いた渋いやつしか見てなかったし」
「…そうなの?」
「うん。多分、年上の大人の男の人にあげるんじゃないかなーと思ったわけよ」

なるほど、と圧倒され頷く私に、馬岱はちょっと得意そうに笑ってみせる。そう推理した馬岱が勧めたチョコをその子は買っていった訳だから、間違ってはいなかったんだろう。馬岱の洞察力は相変わらず凄い。

「よく分かるねー…」
「まぁね。あ、だから唯緋が今年は誰にもチョコあげる気無いってのも分かるよぉ」
「…まぁその通りだけど」

感心した気持ちが少し肩透かしをくらったような気分で苦笑いがこぼれる。

「っていうか、固形の塊としてのチョコがあんま好きじゃないんだよね」
「えぇ?どういうこと」
「バイキングとかにある、あの、チョコがちっちゃな噴水みたいに出てるアレは好きなんだけど」
「…チョコファウンテン?」
「そうそうそれ」

微妙な顔をした馬岱に、変わってるって言いたいんでしょ、と言うと即答で頷かれた。私の洞察力も捨てたもんじゃないな。ちょっと馬岱腹立つけど。

すると、突然ぱぁっと顔を明るくした馬岱が、ソファから預けていた背を起こし口を開いた。

「じゃあさ、今からケーキバイキングでも行こうよ!」
「…へ?」
「チョコファウンテンあるとこ。俺知ってるからさ」
「ちょ、ちょっと待って。今から?」
「もちろん!」

呆気にとられた私の腕を掴んで立ち上がった馬岱は、それはそれは楽しそうに歩き出す。私は腕を引かれるがままだ。

「早くしないとバレンタイン終わっちゃうしねぇ」
「そ、そりゃそうだけど…え?」
「チョコを贈る贈られるってのも良いけど、一緒に食べに行くのも乙なもんじゃない?」

きらりと光った馬岱の悪戯っぽい目に、私はどう映っているんだろう。
実は満更でもない私の心境も馬岱にはバレバレのような気がしてならなかった。




今夜の魔法に期待を一つ




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