確認したケータイに映る文面をもう一度見てから、ロッカーの扉を閉める。
この短期のアルバイト中に仲良くなって随分良くしてもらった大学生の先輩に、お疲れ様です、と声をかける。

「お疲れさまー。どしたの、彼氏?」
「あ、はい」
「うわーいいなぁ。これから会うの?」
「えと、なんか迎えに来てくれてるみたいで…」

苦笑しながら言うと、先輩は目を丸くして感心したような声を上げた。

「早く行ってあげないと。あ、私が引き留めてんのか。ごめん」
「いえいえそんな。それじゃ、失礼します」
「じゃあねー」

笑顔で手を振ってくれる先輩に控えめに手を振って更衣室を後にする。
休憩室のソファに座ってケータイをいじっていた男の先輩にも、お疲れ様です、と軽く頭を下げて(お疲れぇー、と間延びした返事が返ってきた)足早にその場を後にした。



「ごめんね陸遜、お待たせ!」
「今来た所ですから大丈夫ですよ」

壁に凭れていた体を起こし、微笑む陸遜の前で、走ってきた体をストップさせ息を整える。
吐く息は白いというのに、ニット帽から覗く陸遜の髪はいつも通り濡れたままのようだ。

「また髪乾かしてない。風邪引いちゃうよ」
「これがあるから平気です。さっきまで泳いでいたから体も温まってますし」

部活後いつも髪を濡らしたまま帰る陸遜のためにクリスマスにプレゼントしたニット帽を陸遜はかなり気に入ってくれているらしい。本当はちゃんと乾かしてくれた方が嬉しいんだけど。

「自主練してたの?」
「えぇ、凌統殿と。そっちはどうでしたか?」
「んー、忙しかったよ」

お疲れ様です、と微笑んでくれる陸遜に笑って頷いてから、あ、とあることを思い出す。

「そういえばね、6時くらいかな…ちょっとびっくりすることがあったの」
「?何ですか?」
「あのね、すっごい背の高いモデルさんみたいな綺麗な男の人が来て、チョコ買って行ったの」
「男の人が?珍しいですね」
「うん。めちゃくちゃ目立ってたけど全然気にしてもいないみたいに優しい顔して選んでたなぁ」
「…そうなんですか」
「多分、彼女さんに逆チョコするんじゃないかな。カッコいいよね」
「…」
「あの顔は絶対…、え、陸遜?」

何の前触れもなく握られた左手に、驚いて隣の陸遜を見上げる。照れてしまうから、と滅多に人前で手を繋いだりなんかしないのに、どうしたんだろう。
眉を寄せてどこか拗ねたような横顔の陸遜を見つめた。

「…私だって、唯緋の為なら女性ばかりの所にチョコを買いにぐらい、行けます」
「え?」
「…何でもありません」

きょとん、と見上げる私の視線の先で、陸遜はうっすらと赤くなった頬を隠すようにニット帽を少しだけ目深にする。
これはもしかして、私の勘違いでなければ、

「…家にチョコあるから、あの、手作り。あ、えと、……陸遜は充分カッコいい、です」
「…フォローしないで下さい。自分が恥ずかしくなる…」
「…嬉しかったから、別に、」

恥ずかしがることは、と、ごにょごにょ呟く。私もよっぽど恥ずかしいんじゃないだろうか。そう冷静に思った途端、顔に熱が集まるのを感じた。

黙ったまま繋いだ手を引くように歩く陸遜の歩幅をまねして歩く。
家に早く着いてほしいような、着いてほしくないような。どっちつかずな甘酸っぱい気持ちに、今は身を任せることにしよう。




ゆらゆら、溶ける




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