疲れにむくんだ足に渇を入れるようにしてアパートの階段を上がる。一歩ずつ響く、かつん、かつん、という音はまるでゴールへのカウントダウンだ。
やっと辿り着いた見慣れた扉に向かい、息をつく。鍵を差して回し、取っ手を引くと、ついていないはずのリビングの明かりが目に飛び込んできた。

「え…?」
「おや、お帰りなさい」

玄関でぽかんと突っ立った私に、リビングの扉を開けて現れた張コウが笑う。
驚きで固まった頭を必死に回転させる。確か今日は彼も仕事が入ったと言ってたはずなんだけど。

「今朝になってクライアントから日程変更の連絡がありまして」
「あ、そう、なんだ」
「折角ですから驚かせようかと」
「うん…驚いた」

なら成功ですね、と笑う張コウに促されてリビングに足を踏み入れると、暖かな空気と一緒に美味しそうな匂いが私を包んだ。

「お仕事お疲れ様です。ボロネーゼで良かったですか?」
「はい、大好物です…」
「ふふ、知ってます」

私には勿体無いと常々思うことの多い恋人だが、今日もその一例の日であるらしい。
感激していると、ふとテーブルの上に置かれた包みに気付く。
間をおいてそれが何なのか認識し、目を見開いた私に張コウは微笑んで私の手から仕事の荷物を奪う。

「これ…」
「そのブランドのチョコ、好きでしたよね」
「うん、」
「いつも頑張っている唯緋に私からのバレンタインです」

私より何百倍も綺麗な微笑みを浮かべて張コウが言う。
――もう私に残された手段なんて、一つしか無いじゃないか。

抱きついた私をしっかりと受け止めてくれた張コウの胸に、おでこを押し付ける。

「ありがとう張コウ」
「どういたしまして」
「大好き」
「私もですよ」

思いきり吸い込んだ空気は、幸せの匂いがする気がした。




ありったけの愛を君に




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