▼因縁とは基本的に厄介なものだと心得ましょう
「今回の平均点は現代文の方が上だったようだな」
「それが何か?」
「ふん、私の教授の賜物であろう。古典より深い理解を得ているという結果だ」
「一概にそうとは言えないでしょう。ただ今回の現代文の問いが簡単すぎただけかと」
「…何だと?」
「問いのレベルの違いが、そのまま点数に現れてしまったのではないですか。我が古典は発展的な問題が多く、しかし果敢に挑戦した生徒の答案が多く見られましたから」
「現代文の答案も生徒の努力が見えるものだ!論説文の記述問題など古典の比ではないわ!」
「現代仮名遣いで書かれた文を読み取る容易さと、古文漢文を読み解く難易度を一緒にして比べるのはお門違いというものです」
「古文など読めれば内容の難易度は現代文に遥かに劣る!」
「読めるようになるまでの礎である基礎学力は古典には必要です。現代文には関係のない話でしょうが」
「…あの、これは一体」
教頭先生への提出書類を手に扉を開けた職員室で、凄まじい舌論が繰り広げられていたら誰でも一瞬は固まる。
はっとなって慌てて扉近くに身を潜め、すぐそばのデスクで答案の丸つけをしている夏侯惇先生に伺いを立てた。
夏侯惇先生の眉間にははっきりとした皺。お疲れ様です。
「…いつものことだ。司馬懿と諸葛亮の口喧嘩など今に始まったことではない」
「この間の期末試験の結果ですか?」
「あぁ」
赤ペンを動かす手元を一切止めず、渋い表情で頷いた夏侯惇先生が顔をしかめた。何だこのグラフは、とか聞こえた。お疲れ様です。
そろーっと教頭先生の机に足を進めようとした途端、諸葛亮先生がぐるりと私を見た。
ひっ、と声にならない声が漏れる。
「これは唯緋先生。世界史を教えられる立場としても、古典は深い関わりのあるものですね」
「…え、あ、はぁ…」
「それを言うなら現代文の題材とて世界史や延いては倫理も扱ったものが多いだろう」
「…あー…」
司馬懿先生の鋭い視線にまで捉えられてしまっては、まだ新米の私には到底太刀打ちできるものじゃない。
冷や汗を流しながら周囲に目を走らせる。他の先生方は我関せずのスタンスを貫いているようです。お願いだから誰か助けて下さい。
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