December,17,
あれ、珍しい。 時間をずらして取った昼休憩から戻ると、オフィスに法正さんの姿があった。 違う部署の人がここにいることも珍しいが、上司のデスクのすぐ近くに立っていることに驚いてしまう。しかも何やら話し合っている様子だ。 自分の席に腰を下ろしながらこっそりと観察を続ける。法正さんとうちの上司はあまり馬が合わないらしいと噂で聞いたことがあるだけに、何だか気になってしまう。 法正さんの隣にホウ統さんがいるのに気付き、また驚いた。不思議な組み合わせだ。
そういえば法正さんの顔を見るの、数日ぶりかも。
スーツの背中を眺めながらそんなことを思っていると、話は終わったのか突然法正さんが振り返った。 そして、ばっちりと目が合う。
はっ、となった私は慌てて目をそらしパソコンを開いて立ち上げる。 ボタンを連打したせいか電源はなかなかつかないし慌てて肘でペンを飛ばしてしまうし、ああもう。 見ていたのバレてしまっただろうか。というか目が合った瞬間にそらすのって印象悪い? 頭を抱えたい気持ちで身体を縮込ませる。確実に赤いであろう顔を必死でパソコンに隠した。
そのまま固まっていると、足音が遠ざかる音がしたのでそろそろと目を上げる。 やっぱり足音は法正さんとホウ統さんのものだったらしい。オフィスを後にして廊下に消えていく後ろ姿を確認し、小さく溜め息が漏れた。 悪印象を与えていたら嫌だから、家に帰ったら法正さんにとりあえずメールしよう。 まだ少しうるさい心臓を服の上から押さえながらそう決める。 ――ふと、視線を感じて顔を前に向けると真顔でこちらを見る上司と目が合った。
「…何をしているんですか」 「へ、あ、何でもないです!」
さっき飛ばしたペンを急いで拾い、立ち上がっていたパソコンに向かう。法正さんとは別の意味で心臓に悪い。
*
「――あ、」
エレベーターに乗り込もうと一歩踏み出し、顔を前に向けた途端に小さく声が漏れた。 そのエレベーターの中にいた法正さんは、私の声に手元のケータイから目を上げてほんの少し驚いた顔をした。すぐに身を避けて私が入るスペースを作ってくれる。
「一階ですか」 「あ、はい」
いそいそと中に入り法正さんの斜め後ろに立つ。既に一階のボタンは押されていて、法正さんも今から帰りなんだろうか、とふと思った。
「お疲れ様です。今日はもう終わりですか?」 「はい、法正さんもですか?」 「ええ」
肯定した法正さんに、お疲れ様ですと返しながら妙に緊張してしまう。今日法正さんに会うのは、目が合ったのに不自然にそらすという失敗をしでかして以来だ。 帰ってからメールを入れるつもりだったが、今ここで説明しておく方が印象もいいかもしれない。いや、その方が絶対にいいはず。
「……法正さん」 「はい?」
意を決して名前を呼ぶと、ケータイを片付けこちらに身体を向けてくれた。きちんとこっちを見て話を聴いてくれるんだ、なんてことを考えかけ慌てて掻き消す。この状況下でときめくんじゃない私の心臓。
「あの、お昼にうちの部署に来てましたよね」 「ああ、諸葛亮殿と少し相談すべきことがありまして」 「ちょっと驚きました」 「…私も少々驚きましたよ。目が合ったと思えば勢いよくそらされましたし」
ぴしりと身体が固まった。 法正さんは口の端を緩く持ち上げながら私の目を覗き込む。
「その後も頑なに顔を隠したままで……ああ、そういえば今と同じような赤い顔だった気がするんですが」
ばれてる。完全にばれている。 パソコンに隠していたつもりだったのに、全てお見通しにされていたらしい。 熱い顔にどうすることもできず固まったままの私に法正さんは、にこりとにやりの中間の笑みを浮かべた。 からかわれているのが分かるが、いかにも楽しそうなこの人を前に私に太刀打ちする術はないのだ。
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