December,XX,
「え、結婚!?」
思わず取り落としかけたスポンジを握り締めるように掴むと、泡が弾けてシンクに落ちた。 驚きで開いた口が塞がらない私に、食器類を拭く月英がはにかんだように微笑む。
「唯緋には先に言っておきたくて」 「……うん、そっか」
結婚って、私の知ってる結婚で合ってるよね。そのままの意味だよね。 放心したまま戻ってこれず、なんとか蛇口を捻って水を流す。排水溝に流れていく泡を見つめて、頭の中は軽い興奮状態だった。 同期としてはお互いに唯一の同性である月英が、私の直属の上司と恋人関係になったことも今思えばかなりのインパクトではあった。 そして、結婚。 私たちの年齢からいってもそれは何らおかしなことではないが、学生時代の友人たちからそんな話題がまだ上らない私にとって初めての身近な友人の結婚だ。
「…おめでとう月英」 「ありがとう」
するりと出てきた言葉に、月英が穏やかに笑う。 これが幸せオーラってやつなのかな。動転した気持ちもやっと落ち着いて、私も笑顔を返しながらそんなことを思った。
「付き合って一年くらい?早かったね、結婚まで」 「ええ、けれど今がその時だと思ったので」 「プロポーズは?」 「孔明様から、この前の週末に」
夜景の見える高層ビル最上階のレストランで、白いテーブルクロスに組んだ手を置きプロポーズの言葉を口にする上司を想像する。うわあと思って途中でやめた。 月英には申し訳ないが非常に似合わない気がする。私のイメージが貧困なだけかもしれないけど。
手を洗いながら、洗い終わったマグカップを布巾で拭いている隣の月英を、ちらりと見る。 私の視線に気づいたらしい月英がこちらを見て口元を和らげた。
「唯緋は、法正殿とはどうなのですか?」 「えっ、へ?」
突然飛び出した名前に完全に不意をつかれて肩が揺れた。固まる私をよそに布巾を絞って吊るしながら月英がゆるやかに笑う。
「…え、えーと、たまに食事には行ってる」 「そうですか」 「出張多いから、たまに勇気出してメールしてみたり、とか」
ぼそぼそと喋る私に月英は興味深げに頷きながら微笑む。 法正さんとのことは社内の人間では月英にしか話していない。いつもこうして、なかなか進展のない私の話を聞いてくれる。 部署がらなのか、法正さんは出張が多く社外にいることも多い。 そんなときも何かしら関わりが欲しくてメールをするが、いつも緊張する。他愛もない話をしたいだけなら尚更だ。
「唯緋は本当に法正殿が好きなのですね」
さらりとそんなことを言われて、手を拭いていたハンカチを落としそうになった。 訂正しよう。月英からは間違いなく幸せオーラが発せられている。 熱くなる顔で黙ったまま頷くと、目の前の幸せそうな笑みはまた深くなった。
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