目を上げると、月が雲の隙間から姿を見せて夜空に白く浮かび上がっていた。
その月から視線をゆっくりと下ろしていくと、ほんのり赤く染まった耳にぶつかる。よく見ると目の下も少し赤い。寒さのせいではなさそうだ。
「李典?」
「……あー、その、」
せっかくの金曜日に入った残業も終わり、もう遅いからと家まで送ってくれた後輩は、私の目の前で微妙に目を泳がせた。
私の手首を掴む大きな指は離れる気配がない。
「今日、ハロウィンじゃないですか」
「うん」
「だから、その……送り狼男、みたいな」
たっぷり間を置いて発せられた言葉に、目を丸くする。百面相してる後輩をじっと見た。
自分で言って自分で照れて、なんとも忙しそうだ。
「狼男さん、ハロウィンなら合言葉言わないと」
「え?あ、と、トリックオアトリート」
「うん。はい」
私の手首を掴んでいた手をほどき、その手のひらに飴を一つ置く。
李典は、きょとん、と自分の手のひらの上を見つめて瞬きをした。
「お菓子あげたから悪戯はナシだね。それじゃおやすみ」
「……ええええ!?ちょ、待っ」
笑いながらマンションロビーのドアを開けると、嘘でしょ、とうちひしがれた李典の声がした。
ちらりと振り返り、がくりと肩を落とす姿を見つめる。
そこで多少強引でも一歩踏み込んで来たら、狼男として及第点なのに。そう思ったことは秘密だ。