「…関平。襟が曲がってる」 「えっ?す、すまない星彩」 春の暖かな日差しと風の中、変わらない二人の姿を前に小さく笑う。大切な幼馴染み二人のやり取りは、遠い昔に見慣れたそのままだ。 輪廻転生という言葉を知ったのは、12歳のとき。 どうやら私は前世というもの(そんなものがあるのかすら信じがたいが)の記憶があるらしく、時々感じる様々なデジャブの理由に納得したのはそれからのことだ。 関平と星彩は、記憶のない側の人間だった。だが、二人の関係は昔となんら変わらないもので、それが私には少しおかしい。 きっと運命というものなんだろう。私はそう思って、相変わらずな二人を見守っている。 「だが、こうして揃って同じ高校に通うなんて、何だか不思議な感じだな」 「そう?ずっとそうだからそんなに変な感じはしないけど」 「そうね、唯緋の言う通り」 「あ、勿論そうなんだが、…や、その、」 けろりとした私と星彩に顔を赤くしてしどろもどろになる関平を、笑いそうになる口元を必死に抑えて見る。表情一つ変わらないけど、星彩も面白がっているのは明白だ。 「…嬉しいな、と、思ったのだ」 ごにょごにょとそう言った関平に、星彩の目が優しく細められたのを見て、私も笑みを溢した。 「えぇ、そうね」 「可愛いねー関平」 「…唯緋、からかうのは止めてくれ」 「あはは。可愛いよね星彩」 星彩に同意を求めると、星彩はちょっと困ったような顔で関平を、ちら、と見やり、微笑んで小さく頷いた。その頬がうっすらと赤いのは私の気のせいではないだろう。関平も心なしか更に顔を赤くして星彩を見つめる。 あー甘酸っぱい。やってらんないわ。 気付かれないよう苦笑する。それはそれは長い間続いてる二人の中途半端な関係が崩れるのも、時間の問題かもしれない。 *** 入学式は滞りなく終わり、吐き出されるように体育館から出る。式の途中、私達に気付いて教職員席から手を振ってきた張飛先生に星彩は全く目を合わせようとせず、ちょっと落ち込んだ張飛先生をたしなめる関羽先生に思わず笑いそうになったりした。 先生に挨拶に行くという関平と星彩と後で落ち合うことを決めて別れた。 何の気なしに校内を散策する。それにしても広い学校だ。 ふ、と、校舎裏の桜並木に目を止める。一本の木の下で、大きな荷物(部活か何かだろうか)を抱えながら立ち止まり桜を眺める一人の姿が視界に映った。 在学生らしき人を見かけたのは初めてだ。特に理由はなく、その人に向かって足を進める。 だんだんと近付くその姿を認識し、動いていた私の足が、――止まる。 がつん、と衝撃を受けたように、私は目を見開いて動けなくなった。 あぁ、まさか、そんな。 「――趙雲、殿」 私の口から零れ落ちた言葉に、その人が振り返る。 そして、目を大きく開いた。 時間が止まるって、こういう感覚のことをいうのだろうか。 ゆっくりと私に向かって歩いてくるその姿は、桜の花びらにも隠れることはない。なのに、何故か潤んでぼやけて見えた。 立ち尽くしたままの私の目の前で足を止めたその人は、記憶の中と寸分変わらない笑顔で静かに私を見下ろした。 駄目だ、上手く呼吸ができない。 「…久しぶりだね、唯緋」 「趙雲、ど、の」 堪え切れず頬をつたう涙に、趙雲殿が目を細めたのが分かる。声も背も、何一つ変わらない。 溺れるような思考のなか、趙雲殿は、ある側だったのか、とぼんやり思った。 ずっとずっと昔、その時から変わらない、私を見つめる趙雲殿の慈しむような視線に、何故か今は胸が痛むことはなかった。 舞い上がる桜の花びらに包まれ、私と趙雲殿だけが二人だけの世界に取り残されたようで。 今なら、あの時言えないままだった言葉を伝えられるだろうか。 世界が終わるその時に、隣にいるのはあなたがいい end. |