鎧を鳴らしながら、宮の回廊を抜ける。
兵や荷の確認は滞りなく終わった。後は荊州へ向けて出立するのみだ。
つい先程、出立前の挨拶にと顔を出した星彩の執務室で星彩に激励の言葉(頑張って、の一言くらいのものだったが実に星彩らしい)をもらった。関平にもよろしく、といういかにも付け足されたような言葉に、思わず笑ったら怒られた。星彩は相変わらず素直じゃない。
中庭の草木や乾いた砂、美しい山々。私の育った景色を目に焼き付けるように眺める。
荊州へと発てば、きっとしばらくは帰ることはできないだろう。対魏の要所、関羽様が治めているとはそういうことだ。

到着した見慣れた扉の前で静かに足を揃え、ゆっくりと息を吐く。

「…失礼します」
「…あぁ、唯緋か」

文机に向かい竹簡に筆を走らせていた趙雲殿が、顔を上げて私の姿を認識すると穏やかに笑う。一礼して室に足を踏み入れた私は、自分の心が驚くほど落ち着いていることに気づいて不思議な気分になった。

「出立の前に挨拶をと伺いました」
「そうか、もう間もなくだったな。戦地はどこへ?」
「関羽様達の樊城攻めに加勢する手筈になっています」
「重要な部隊じゃないか。それだけ期待されているということだな」
「はい。関羽様の元で誠心誠意、荊州を守って参ります」
「あぁ」

拱手をした私に趙雲殿は頷いて、任せた、と言ってくれた。そっと手を解いて趙雲殿を見つめ口を開く。

「…婚儀を延期なさると聞きました」

私の言葉に、趙雲殿は少し驚いたように目を見張る。そういえば、私から趙雲殿の婚姻について口にするのは初めてだ。

「…あぁ。今の魏との戦いが一旦落ち着くまでは、と殿に願い出た」
「そうなんですか」
「まだ先だが、私も出陣が決まっている。それからでも遅くはないだろう、と」

真面目な顔で話す趙雲殿はどこか静かで、戦へ赴くことの意味を考えているのだと分かった。きっと、相手方の家への配慮を慮っての進言なんだろう。実に趙雲殿らしい。
私の師として変わらない趙雲殿がそこにはいた。

だから、これは私の勝手な私情だ。

「ならば、私も、荊州から戻ってきたら趙雲殿にお伝えしたいことがあります」

聞いて下さいますか、と繋いだ私に、趙雲殿は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いてくれた。

「分かった。約束しよう」
「ありがとうございます」

頭を下げた私の胸中は、とても穏やかで凪いでいた。趙雲殿に見えないよう、頭を垂れたまま小さく笑う。
これでいい。私は趙雲殿の弟子としてここを発てる。趙雲殿を恋い慕うこの気持ちは、全てを終えてから伝えよう。
趙雲殿が待っていてくれるのならそれだけで充分だ。

私は頭を上げもう一度軽く会釈をし、執務室を後にした。




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