道行く人と肩がぶつからないよう注意しながら歩を進める。
私の隣を歩く趙雲殿は、声をかけてくる町人達に穏やかな笑みで応答する。その足取りは戦場での速駈けが嘘のようにゆったりとしたものだ。

天気も非常に良く城にいるのは勿体無い、と思っていた今日。丁度良く城下の店に資材を取ってこなくてはいけないと仰っていた月英様に、自らその役を買って出た。
そしていざ出掛けようとした私の前に突然現れた趙雲殿が、どこから聞き付けたのか、荷が多くては大変だから私も行こう、と言ったのだ。(心が跳ねたのは言うまでもない)

思えば、城下にやってくるのも随分久し振りだ。ましてや趙雲殿と出掛けるなど、何年ぶりだろうか。まだ私が小さかった頃、関平や星彩と一緒に趙雲殿に連れられ色々な場所に行ったことを思い出し、笑みが溢れた。

「どうかしたか?」
「いえ、…昔、趙雲殿に連れられ初めて城下へ下りたときのことを思い出して」

窺うように振り向いた趙雲殿は、私の言葉にややあって頷き懐かしそうに目を細めた。

「…あぁ。あの時はまだ唯緋も関平も私の胸程の背丈しかなかったな」
「えぇ。店や品物、全ての物がとても大きく見えました」
「何度も唯緋達を私の子かと尋ねられて少し複雑な気持ちになったものだ」
「そうだったんですか」

初めて知る話にくすくす笑うと、趙雲殿は少しだけ眉を下げて困ったように笑った。
趙雲殿は大抵のことは何でも器用にこなしてしまう。それは子守りも例外ではなかったらしい。

「ではまたいつか、関平と星彩と私をあの頃のように城下へ連れていって下さいね」
「はは、そうだな。今度は親子と思われることもないだろうし」
「…趙雲殿、もしかして意外と気にしてたりします?」
「…こら、面白そうな顔をするな」
「ふふ、すみません」
「全く……そうだな、関平は荊州にいるから先の話になるだろうが…いつかまた皆で共に来よう」

趙雲殿の言葉に笑って、はい、と返す。その日が既に今から待ち遠しい。



程無くして目的の店に到着し、店主に来訪の旨を伝える。店主は頷いて、少々お待ち下さい、と言い残し店の奥へ足早に姿を消した。
手持ち無沙汰になった私は、店先にある鉄や銅等の資材を眺めている趙雲殿の側へ戻る。

「そういえば、関羽様達が荊州へと向かわれてからもう三月も経ったんですね」
「あぁ。早いものだ。荊州は魏との戦いにおいて要所の地。関羽殿や関平、関索が守ってくれているのは心強い」
「はい。勿論、関平は関羽様と共に行くのが不満だっただとかそんな訳ないと思いますが、……関平はしばらく星彩の隣で戦えなくなることを気にしていたみたいです」
「おや、そうなのか?」
「はい。私の見解ですが」
「なるほど。しかしでは関平がそう言っていた、という訳では?」
「ないです。でもなんとなく分かります。関平分かりやすいですから」
「…否定はできない」

そう言って苦笑した趙雲殿にすら関平の淡い気持ちは気付かれているらしい。知らぬは当人ばかりなり、とはよく言ったものだ。

「唯緋は関平のことをよく理解しているのだな」
「いえ、そういう訳ではないんですが」

関平の気持ちが分かるのは、私も同じ気持ちを持っているからだ。(そんなことましてや趙雲殿には言えないけれど)
ちょっと目を伏せた私に趙雲殿が不思議そうな顔をする。

「でも、私も趙雲殿と共に戦えなくなるのは少し嫌です」
「…何故だ?」
「私の目標は戦場で趙雲殿の背中を守ることですから」

目を上げて拳を熱く握って見せながらそう言うと、趙雲殿は笑った。

「それは頼もしいな」
「はい。その為にも今は鍛練あるのみです」
「あぁ。……だが、」

言葉を区切った趙雲殿が、そっと指の背で私の頬を撫でる。すぐに、この間の戦いで小さな傷を負った箇所だと気づいた。

「無茶だけはしないでくれ。戦場で私に弱点を作らせたくないのなら」

心配で気になって仕方なくなる、と言った趙雲殿の慈しむような優しい瞳に、私はただただ息を詰めて小さく頷くことしかできなかった。

本当に、知らぬは当人ばかりである。




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