室内を早足で進む。
途中ですれ違い頭を下げてくる女官や使用人は皆静かな顔をしていて、私の胸の嫌な動悸を増幅させた。
最後にはほとんど走るような速さで、目的地の部屋へ飛び込む。
その瞬間立ち尽くした。
奥の寝台からゆっくりとこちらを向いたその顔が穏やかに微笑む。
誰かが嘘だと言ってくれるのを、半ば本気で期待した。
「陸遜」
「…」
幼い頃からずっと傍にいて、こんな浮世離れした笑顔を見たことは無かった。胸を直接鷲掴みにされたような感覚になる。
ゆっくり寝台の傍に歩み寄ると、唯緋はまだあどけない目で私を見つめた。
「お帰りなさい。無事で良かった」
「…無事に帰ると約束しました。当たり前でしょう」
「えぇ、でも嬉しいんです」
伏せた睫毛が影を落とす頬は明らかに痩せていて、以前のふっくらとした柔らかさは無くなっている。
目線を下ろして見えた腕は真っ白で細い。そのあまりの白さに、唯緋は寒がっていないだろうかとくだらないことを考えた。
「陸遜は昔から頭が良くて、きっとすぐに殿にも重用されると思っていました」
「…私は、」
「自慢の幼馴染みです。今日も会いに来てくれて嬉しかった」
自分の手のひらを強く握り締める。爪が食い込む気配がしたが気にならなかった。
建業へと帰る道中、唯緋が病に倒れたと聞いて私がどんな気持ちで戻ってきたか。
そしてその病は私が出立する前から分かっていたことで、余命まで告げられていたのだと。唯緋が私には戦いが終わるまで告げないで欲しいと頼んできたと、呂蒙殿は苦しそうに言っていた。
そっと手を伸ばして、白い指に触れる。壊してしまわないようそっと握った。
「…唯緋、何故出立前に教えてはくれなかったのですか」
言えたのは、たったそれだけだった。なのに唯緋は少しだけ恥ずかしそうに笑う。
「陸遜。私、最後だけ自惚れてみたかったんです」
「……」
「もし私が本当のことを言っていたら、陸遜は出陣せず傍にいてくれただろうと」
握ったままの唯緋の白い手をただ見つめて、僅かに指に力を込める。全て分かったかように緩く握り返された。
「…自惚れではありませんよ」
喉から押し出すように発した言葉に唯緋は、嬉しい、と密やかな声で応えた。
目を上げると、眩しそうに目を細めて笑う姿がある。
「それでもう充分です」
充分などではない。二人でやりたいことがたくさんある。見せたいものがたくさんある。
こんなにも早く私を置いていく酷な人を、きっと一生忘れることはできない。
花は音もなく落ちた
リクエスト内容[陸遜/余命僅かな主人公/ぎりぎりになって気づく]
このお話の陸遜は結構いい歳になるまで独り身でいそうですね…。シリアスなお話は少なめな拙宅ですが、惇兄の短編を気に入って下さっているようで嬉しいです!また少し違った趣向にはなりましたが、れい様に気に入って頂ければ幸いです。十万打へのお祝いのお言葉もありがとうございます!遅くなってすみませんでした;どうぞこれからもよろしくお願いしますm(__)mリクエストありがとうございました!