慣れないことは、あまりするものではないのだろうと思う。しかしそこに複雑な人間の感情やら立場上の便宜などが絡んでくると話はまた別になる。
まぁ言ってしまえば、その感情がそもそもの原因というか、仕方ないとはいえ目下悩みの種なのだ。
溜め息を吐き出したい気持ちで回廊を進む。目的地は散々行き慣れた場所なのだが、近頃は諸々の事情で足を向けづらく感じていた。
足早に向かう私を遠巻きにして、女官数人が何かを囁き合っているのが視界の端に映る。ちらちらと不躾な色を含んだ目線をよこすものだから気が滅入る。
確かにあの男は色々な意味で噂の的になりやすい。そんなことは今に始まったことではないから、気にしたところで仕方ないのだ。
そうは言っても気に障るものは気に障る。だから、女という性別があまり好きになれない。自分が同じ性別の生き物であるということも。
目的地の扉の前で足を止め、二、三度逡巡してから、戸を叩こうと手を上げる。
と、私の手が当たる前に小さな音を立てて扉が内側から開いた。予期せぬ反応に少しだけ肩が跳ねる。
「――あぁ、唯緋、待っていたよ」
「…郭嘉。突然開けるからびっくりした」
「足音で唯緋だと分かったからね。驚かせてしまったかな」
「……足音、で分かるの?」
「ん?分かるよ、唯緋なら」
にこりと笑った顔に堪えきれず視線をそらす。頭の良くない私ですら分かってしまう、いわゆる特別扱いに、未だに慣れることができない。
そんな私の反応に気をよくしたらしい郭嘉が、入って、と室に促しつつ私の手を取る。ひんやりとしたそれは、自分の手の熱さを自覚させるのだ。もうどうしたらいいのか。
曹操様にお仕えして随分と経つ、郭嘉と私は付き合いだけなら結構長い。
脊髄で物を考える節のある私は、勿論軍師として郭嘉を尊敬もしていた。女性関係に関しては擁護のしようもないが、お互いそういったことは挟まない関係性を構築し、私にとって郭嘉は友人としてとても居心地の良い人間だった。
それが、――そのはずが。
お互いに適齢期も終わりに差し掛かった昨今、突然郭嘉から想いを告げられた。
何の冗談かと驚いて言葉も出なかった私に、郭嘉は真剣な顔をしていて。それ以来がらりと接し方や扱われ方が変貌し、周囲は郭嘉と私の仲をしきりに噂するようになってしまった。
長いこと友人をやってきた中で戸惑いながらも、心の奥で郭嘉からの想いを嬉しいと思う自分がいることも確かで。そんな自分に今更らしくもないと羞恥を覚える。
遊ぶのもやめたらしく、どうやら本気なのだと、その一枚も二枚も上手な郭嘉の対応に翻弄される日々だった。
手を引かれつつ覚束ない足取りで誘導された先、椅子に促され腰を下ろす。
すぐ隣の椅子に座った郭嘉が、頬杖をついて私の顔を見つめながら口を開く。
「今日は良い陽気だから、唯緋と二人で話でもして過ごしたいと思ってね」
「…え、」
「そろそろ返事も聞きたいし」
さらりと言われた言葉に、は、と声が漏れた。
途端に火がついたように顔が熱くなる。返事ってもしかしていや多分確実に、
「――まだ私を信用できない?唯緋を愛しているのだけれど」
やはりそれか。
手元に視線を落とした私に、郭嘉はさして気にした風もなく笑って視線を送り続ける。顔がとてもじゃないが見せられる色ではなくなっていることに、どうやら気付いているらしい。
「それじゃあ、もう少し待つ代わりにお願いが一つあるのだけれど」
「…お願い?」
「奉孝」
え?
目を上げてきょとん、とすると、郭嘉は笑みを深めて繋がったままだった手に指を絡めてきた。
「ちょ」
「奉、孝」
……これはまさか。
耳の後ろで心臓が爆発したように感じて、思わず目を泳がせる。
目の前の男は僅かに顔を寄せ、今この場で呼べと笑顔と共にはっきりと要求している。
私の反応に、心情も全て察してくれればいいのに。
余裕を奪い尽くされた私は、軍師とは意地がよろしくない人間なのだということを失念していたのだった。
欲しいのは特別
リクエスト内容[郭嘉/気の知れた関係が恋愛が絡んでぎこちないことに/甘酸っぱい]
郭嘉が一人に狙いを定めて落としにいくとなれば、ある意味容赦ない猛攻に出るのではと思います。手は抜かない有能軍師。甘酸っぱいのかどうか、何とも言えない仕上がりになってしまいまってすみません…希遊さんのお気に召して頂ければ幸いなのですが;
照れと慣れなさにぎこちなくなる主人公と押せ押せ郭嘉、とても楽しんで書かせて頂きました!私も王道少女マンガな展開大好きです(笑)十万打突破へのお祝いのお言葉もありがとうございます(*^^*)萌えをお届けできていますでしょうか!うわあああありがとうございます、嬉しすぎるお言葉ばかり…本当に幸せです。希遊さんも推して下さる法正の続きは、もしまた機会がありましたら是非(笑)彼まだ報われてないので!チャットもまた次回開催することになりましたら、ご都合さえ合えば是非遊びにいらして下さいませ(*´∇`*)希遊さんとお話させて頂きたいですー!
温かいコメントをたくさん、本当にありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願い致します。リクエストありがとうございました!