二人の新婚編



誰か来たんだろうか。
僅かな物音と人が話す声が聞こえる。ざわざわと木々が揺れるような小さな音は、ほんの少しだけ心をざわつかせる。
何かあったのかと気になったが、言葉までは聞き取ることはできなかった。
寝台の上で小さく伸びをする。

先日の戦いで負傷をした私はそれから今日まで十日ばかり、ずっと邸宅内だけで過ごしていた。その間、仲間の誰とも会っていない。
他でもない子敬様が、心配だからと、集中して養生することで早く治せ、と言うんだから仕方ない。私に逆らう術なんかなかった。
子敬様は婚姻を結んでから、さらにも増して過保護になったような気がするのは私だけだろうか。

しばらくすると、話し声らしき気配は無くなりまた邸に生活音だけの穏やかな静寂が訪れる。
朝に少し感じていた頭痛ももうほとんどない。ふぅと息を吐き、とりあえず室から出ようと寝台を降りる。
扉を開けて廊下に出ると、こちらに向かって歩いてくる子敬様の姿が見えた。
私に気付いたらしい子敬様は、少しだけ驚いた様子で目を瞠り歩幅を速めて近付いてきた。

「――唯緋、どうかしたか」
「あ、お水でも貰おうかと思いまして」
「部屋の水差しはどうした?」
「ちょうど切らしてしまって。厨房に行こうかと」

そうか、と頷いた子敬様は僅かに眉間に皺を寄せ、心配そうな顔で私の顔色を検分するように目を走らせた。嬉しいんだけど、ちょっと肩身が狭いような感覚だ。

「頭痛はどうだ」
「今はほとんどありません」
「なら良かった。水なら俺が持ってこよう、室に戻って休め」
「え、」

あまりにも過保護が過ぎるんじゃないだろうか。
見上げる子敬様の顔は真剣そのもので、思わず言葉を失ってしまった。
戸惑う私の気配を察したのか、子敬様が私の手をゆっくりと握り締める。

「……唯緋、度が過ぎているのは分かっている。だが、俺はお前が心配なのだ」
「…子敬様」
「軍ではそうもいかんが、家ではお前に無理はさせたくない」

真っ直ぐ見つめられ言われた言葉に、う、と息が詰まる。
熱くなりだした顔を隠す手は子敬様に握られ為す術がない。
声を落として、それに、と子敬様がそっと顔を寄せてきて、私の身体はかちんと固まった。


「怪我の為とはいえ、こうして唯緋と二人きりで過ごせる時間を大事にしたい」


そんな言い方――反則だ。
至近距離での子敬様の優しい目に、脳内の処理量が完全に追い付かなくなった私はただただ頷くしかできない。
そんな私に子敬様は満足そうに目を細め、室に入るよう促す。背中を押す大きな手に、私はあっけなく出てきたばかりの部屋の中に戻った。
怪我をした腕を、ちら、と見下ろす。
早く治って欲しいような、もう少しこのままでもいいような。他の人にはとても言えない悩みができてしまった。







顔を真っ赤に染めた唯緋が消えていった、室の扉をぼんやりと見つめる。
何となく上げた手を胸元に入れる。装束に隠れたその中で、小さな包みが、かさり、と音を立てた。

つい先程、唯緋の見舞いだと言って薬の入った包みを持ってやって来た陸遜の遠慮がちな表情を思い出す。そういえば、数日前に訪れた甘寧から預かった見舞い品である菓子も、自室の棚に置いたままだ。
溜め息を一つ溢して自嘲する。
我ながら良い歳をして青いことをしているものだ。




君がため惜しからざりし命さえ






リクエスト内容[魯粛/『マイ・フェア・レディ』続編/大人げない嫉妬から閉じ込める]
他の男から遠ざけて独り占めを画策する魯粛さん。若い男が次から次へと見舞いに来るのが面白くない、的な…でもそんな自分は嫁には見せたくない年上夫の苦悩。そんなイメージで書かせて頂きました。アダルティな部分を書ききれなかったのが申し訳なく…サンサン様にお気に召して頂ければ幸いなのですが(´`;)連載当時から一年ほど経つお話ですが、今でも好きでいてもらえて本当に幸せだなと思っております。魯粛さんへの溢れる愛も、しかと受け止めましたぞー!ありがとうございます!今回はリクエストありがとうございました(*^^*)



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