「――伝令兵が来ました!」

砂煙と叫声が飛び交う中、目の前の敵を槍でなぎ払い耳に飛び込んできた声へと顔を向ける。
私の副将に伴われるようにして地面に膝をつけた伝令兵が声の限りに叫ぶ。

「本隊、敵本陣背後からの奇襲に成功!敵本陣は総崩れです!」
「よし!」

もたらされた朗報に、叫び返して槍の柄を強く握り締める。手綱を引いて馬をいななかせ、そのまま槍を高く突き上げあらん限りの声で叫んだ。

「奇襲は見事成功した!勝利は目前、ここが正念場だ!!」

おうおうと歓声とも叫声ともつかない声が沸き起こる。
奇襲のための囮として圧倒的寡兵の中、将も兵も士気は十分に保てているといえる。周囲を見渡した私に、皆強い目を返してくれた。
すぐにまた敵集団へと飛び込んでいき槍を振るう。
刃物がぶつかる音や手応えを感じながら、頭の片隅で思った。
郭嘉様はやはり凄いお方だ。また策が的中した。
あんな稀代の軍師殿から、今回の囮という重役に指名された得も言われぬ喜び、策の成功への力になれたという興奮でいっぱいになる。ああ何という快感だろう。

「唯緋殿、!」

そんなことを考えていたから、副将の切迫した声への反応が一拍遅れた。
衝撃と共に馬上で景色が大きく揺れる。
自分の身体が投げ出されるのをどこか他人事のように感じ、――視界が黒くなった。







手の中の布を見下ろすと、鮮血に染まっている。
簡易椅子の上で小さく身動ぎをしたとき、陣幕の向こうから荒々しい足音が聞こえた。
それはどんどんと近付いてきて、目を上げた瞬間に、がさり、と幕が開かれた。

「――唯緋!…、」
「あ」

そこには血相を変えた郭嘉殿が立っていて、しかし私と目が合った途端にぴたりと動きが止まる。
郭嘉殿の目がまじまじと、私を上から下まで見た。

「…え、」
「郭嘉殿、如何されましたか」

郭嘉殿の真顔なんて初めて見たかもしれない。そんなことを考えながら窺うと、郭嘉殿は私の顔をじっと見ておもむろに口を動かす。

「……鼻血」
「え?あっこれは、申し訳ありませんお見苦しいところを」

慌てて持っていた布で再度鼻を押さえる。下を向いていては血が落ちるばかりだと思い上を向いてみた。
すると、何故か力なく肩を落とした郭嘉殿から大きな溜め息が聞こえた。

「…あなたが怪我をしたと聞いて、私は、」
「郭嘉殿?」
「…鼻血…」
「はい?」

ぶつぶつと何かを呟いた郭嘉殿が、ゆっくりと顔を上げてこちらに歩み寄ってくる。見上げた先には、何とも言えない物言いたげな表情の郭嘉殿が映った。
そして何故か頬をやんわりと摘ままれる。

「他に怪我は」
「いえ、ありません」
「…そう」
「…あの、何故私は頬をつねられているのでしょうか」
「私の労力の対価だと、甘んじて受けてくれると嬉しいかな」

にっこりと笑って、摘まむ指に少し力を加えた郭嘉殿をよく分からないまま見つめる。

もしかして、怒っている?




食らえよ情愛






リクエスト内容[郭嘉/甘系/郭嘉の策で囮となり怪我をする]
淵ちゃん辺りに、主人公が怪我をしたと聞いて一目散に様子を見に行ったら、獲物の槍で顔を強打し鼻血を出していただけでした。郭嘉さん脱力。八つ当たりじみたことをしちゃうこんな郭嘉殿はいかがでしょう。嘉那様のお気に召して頂ければ幸いです…ギャグぽくなってしまい申し訳ないです;アップも本当に遅くなってしまいすみません。お祝いのお言葉、ありがとうございます!今回はリクエストありがとうございました〜!



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