惚れた腫れたってのは、大抵上手くいかないもんらしい。
いやそれは俺だけの話なんだろうか?…違うと思う。星彩と関平はいつまでたっても関係に進展がない。あいつになら星彩を任せてもいいと思ってんのに。絶対言わないけどな。
って違う今はそれはいいんだ。ぶんぶんと首を横に振ると、視界の端で綺麗な黒髪が揺れた。
「張苞様?どうかしましたか」
「え?あぁいや、何でもないぜ!」
唯緋は不思議そうな顔をした後、にっこり笑いながら器に盛った桃を俺の前に出す。
さっきまで考えていたことがことなだけに、唯緋の顔を見ることができず微妙に目をそらす。顔が赤いのは、さっきまで鍛練で身体を動かしてたからだとごまかせただろうか。
「張苞様、汗を拭いて下さい。風邪を引いてしまいます」
「だ、大丈夫だって」
「近頃は涼しくなってきましたしせめて羽織ものを」
上着を差し出してきた唯緋の指をちら、と見た。細い指先は俺とは比べ物にならないくらい白い。
指先や爪先が冷えやすい、と言っていたことを思い出す。
「…俺はいい、唯緋が着とけよ」
「え?でもこれは張苞様の…」
「その持ち主の俺が着とけって言ってんだから良いんだ」
驚いたように目を丸くしている唯緋から上着を取って、肩にかけてやる。
小さい肩だ。手を離すときに指が軽く唯緋の頬を掠めてしまい、どきりと心臓が跳ねる。多分肩も跳ねた。
困ったような顔をしていた唯緋は、俺をじっと見つめて眉を小さく下げる。そして白い手が上着の裾を寄せた。
「張苞様は優しすぎます」
「…別に、そんなこと」
「お優しいのは昔からでしたね」
どこか懐かしむような目で見つめられているのが分かる。
俺が十、唯緋が十八のとき女官としてやって来た彼女と初めて出会った日から十年、唯緋の俺を見る目は変わらない。
吐きそうになった溜め息の代わりに、盛られた桃を口に運ぶ。甘い。唯緋はにこにこしながら俺を見ている。
「あんな大きな武具を扱われて、張苞様も立派な大人になられたのですね」
「結構前からもう大人だぜ」
「あら、では奥方様を貰わないと」
桃を取ろうとした手が止まる。唯緋は気付いていないようでのほほんと笑っている。
唯緋が嫁に来たらいいだろ、と言ってやりたい。言えないけど。
「…身近なやつが良い」
「身近ですか。…あ、もしかして銀屏様?」
今度こそ完全に肩が落ちた。
ささやかな俺の主張は全く違う方向に変換され受け取られたらしい。銀屏って、星彩と変わらないだろ。
夢中になって考えている唯緋を恨めしい目付きで見てしまうのはしょうがない。考え込んでる顔もやっぱり好きだな、とか思ってしまうのも。
「もうこの話は終わりな」
「え?はい、」
「…あぁほら!唯緋何か欲しいものとかないのか?最近、忙しかったしな。俺で力になれることとか」
「欲しいものですか」
少し強引に話題を変えたが、唯緋は首を傾げてまた考え始めた。そうだ、今日はこの話題を振ろうと思ってたんだ。
女は花を貰うと喜ぶって関索が言ってたから、今俺の室には花売りから買った小さな束がある。柄でもないのは承知の上だ。
「欲しいもの…あ、」
落ち着かず桃を口に詰め込みながら、ちらりと唯緋を見る。これで花を渡して、少しでも唯緋が俺を意識してくれれば。
「子どもが欲しいです。男の子と女の子を二人ずつ――張苞様!?大丈夫ですか?」
――そんなの桃も噴き出すだろ普通!
ありったけの甘さをくれよ
リクエスト内容[張苞/年上主人公/アピールしたり空回りしたりする]
年下主に仕える年上女官、書いてみて個人的にとてもヒットでした。これは萌える…!うづき様ご所望の純情でウブな張苞に仕上がっていましたら幸いです。きっと張苞は良い恋人&旦那様になりますね。この張苞は十歳で初めて主人公に出会ってからずっと好きで、それを星彩も関兄弟たちも知っていて色々とアドバイスしている気がします。楽しく書かせて頂きました!アップが大変遅くなり申し訳ありません。お祝いのお言葉もありがとうございます!これからもどんどん書いていきますので、またお気軽にお声掛けしてやって下さいませ。今回はリクエストありがとうございました!