その後のとある夜



ページをぱらりと捲り、寝間着の裾を軽く引っ張る。
近頃は夜がめっきり涼しくなったように思う。そろそろ晩御飯に鍋を登場させてもいいかもしれない。一緒に鍋を囲める時間帯に惇が帰ってこられればの話だけど。
以前よりはまだ良心的な時間に帰って来るようになった同居人のことを考える。
ちょうどそのとき、玄関から鍵を回す音と続けて扉が開かれる音がした。噂をすれば何とやらだ。

「おかえり、…」

重たそうな足取りでリビングに入ってきた惇は私の声に小さく頷いて見せ、口から呻くような声を漏らした。まじまじと見た顔色は、良く言って最悪。

「…かなり飲まされたみたいね?」
「……孟徳と郭嘉が悪乗りしていた」

それは色々な意味で酷い飲み会になっていたんだろう、と想像がついて思わず苦い顔になった。
ソファーにどかりと腰を下ろした惇は動く気にもなれないらしい。読みかけの本を閉じ、水を注いだ大振りのグラスをキッチンから持ってきて渡すと、素直に受け取ってぐいっと一息で飲み干した。

「お風呂は無理だね。シャワー浴びれる?」
「…、」

グラスを受け取りながら尋ねると、惇は僅かに唸って頷く。
そのままネクタイに指をかけたがそこからまた動かなくなった。力が入らないらしい。

「あー、ほら。手離して」

腕を緩く掴むと意外にもすんなりと指が離された。
ネクタイがどういう仕組みで結ばれているのかは正直分からないが、とりあえず下に引くとするりと抜けた。何だか窮屈そうにしていたのでYシャツのボタンも2つほど外してやる。

「はいちょっと両腕上げて」

緩く持ち上げられた腕から袖を抜き、上着も脱がせた。
大人しくされるがままの惇がものすごく珍しい。子どもの世話をしているような気分になって、思わず笑いそうになるのを堪える。
のろのろと立ち上がった惇が億劫そうに外したベルトを受け取り、ネクタイと上着と一緒に寝室に運ぶ。
アルコールのせいでどこか覚束ない背中は脱衣所に消えていった。



勝手が違うため少し悩みながらも上着やらをクローゼットに片付けていると、足音がして寝室の扉が開いた。相変わらずお風呂関連が早い。
微妙にふらふらとした足取りで室内に入ってきた惇は倒れ込むようにベッドに身を横たえた。目は閉じられ、身体が重いのかぴくりとも動かない。
クローゼットを閉めて近付く。ベッドに手をついて身を屈め、もう片方の手で髪を触った。適当に拭いたのか生乾きだ。

「惇、生乾きだと風邪引くよ」
「……いい」
「…じゃあちゃんと布団かけて」

もぞりと動いた惇にかけ布団をかけてやる。
三十路も近い大人がこの有り様なのだからお酒は怖いのだ。例のザル二人には後日一言、言わないといけない。

投げ出されていた惇の手を軽く叩くと、反対に手を掴まれた。アルコールが回っているのかその手は熱い。
ん、と首を捻る私をよそにするりと指が絡められ、思わず目を丸くしてしまう。

「…惇?」

いつの間にか開いていた惇の目は瞼が重そうで、でも確かに私を見つめていた。
黙ったまま、絡められた指ごと手を軽く引っ張られる。

「あの、電気。…消してこないと」

リビングの、と言った私の声がどこか間抜けに寝室に響いた。
惇は眉間に皺を寄せて思いきり不機嫌な顔になる。慣れたから怖くはないけど、苛立っている気配をひしひしと感じた。
指が解かれ、手が離れる。

「……早く戻ってこい」

立ち上がりざま聞こえた声は小さく、寝返りをうつ音に掻き消されそうだった。私も聞こえなかったふりをする。
さっきの台詞を問い詰めてからかうのは、リビングの電気を消して戻ってきてからにしよう。




アパルトマンの一室より






リクエスト内容[夏侯惇/『そうして夜が来る』続編/ほのぼの甘め]
個人的に惇兄はある程度お酒には強いと思ってます。その惇兄を潰しかねない郭嘉と曹操様マジ酒豪。曹丕もザルだと思います。ちょっと抜けてる惇兄がお好きとのことでしたので、グロッキーにしてみました。はるる様のお気に召して頂けると嬉しいのですが…ほのぼのどこいった(^^;)当サイトの魯粛さんも気に入って下さってありがとうございます!十万打のお祝いのお言葉もありがとうございます、本当に嬉しいです!アップが大変遅くなってしまい申し訳ありません。これからもお気軽に声をかけてやって下さいませ。今回はリクエストありがとうございました!



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