小さい頃の士季は背も私より小さくて、いつも部屋で一人で本ばかり読んでいた。当時から顔だけは無駄に良かったから、美少年だとよく持て囃されていたのを覚えている。残念ながら、人を見下したような態度もこの頃から変わらないものだった。
母親同士が仲が良く、というまぁ典型的な幼なじみ関係のルートを踏んできた私と士季は、昔から口喧嘩が絶えなかった。
一度、私が士季を叩いて泣かせたことがある。その時は母にひどく叱られ、そして叩き返すことは絶対にしなかった士季になんというか妙な敗北感のようなものを覚え、それ以来私達は不思議な関係性で繋がるようになったのだ。
ベタベタしてるわけじゃないけど、私は士季の部屋に頻繁に入り浸るし、また逆も然りだった。お互いにお互いの家は顔パス同然。うちは士季の家みたいに家政婦さんなんか居ないけど。
もしかしたら私達って兄弟だったのかも。でも士季と兄弟は嫌だな、それに私は士季みたいに綺麗な顔じゃないし違うか。
中学生になったばかりくらいの頃、何とはなしにそう言った私を士季はすごい勢いで怒り、バカにしたように鼻を鳴らして睨んだ。
綺麗だとか綺麗じゃないとかそんな狭い了見でしか物事を見れないからお前は凡人なんだよ。
そう言った士季の顔は今まで見た中で一番苛ついている表情だったから、軽く暴言を吐かれていることも気付かずすぐに謝った記憶がある。
ダメだ、気が付いたら考えてるのはあいつのことばっかりだ。
「――唯緋ちゃん?」
「…え、あ、」
頭を振って思考を払いのけると、不思議そうに私の顔を覗き込む先輩と目が合った。慌てて、何でもないと両手を振る。
先輩はそれ以上追及することはなく、また前を向いて帰り道を歩いた。
「何か考え事してるのかなって思ったよ」
「え、」
「何考えてたの?」
言葉に詰まる。また先輩と一緒に帰る機会にせっかく巡り会えたというのに、士季のことを考えてましたなんて口が裂けても言えない。
上手い返しも思い付かず、曖昧に笑って、えっと、と濁す。そんな私に先輩は何故か急に真剣な顔になって、私の名前を呼んだ。
「手、繋いでも構わないかな」
「……え?」
気の抜けた私の声にも構わず、先輩の大きな手が伸びてくる。そのまま右手に重なった、自分とは違う温度に一瞬だけ頭の中がストップした。
そして愕然とする。
先輩と一緒に帰ってるというのに、前と同じようにどきどきしない理由に私ははっきりと気付いてしまった。