部活の先輩とたまたま一緒に帰ることになって、二人だけで帰るのなんか初めてだったからすごく緊張して、いつもなら何の問題もない歩道の段差に躓いた私の腕を咄嗟に掴んで支えてくれた先輩の笑顔が優しくて、なんかどうしようもなくどきどきしちゃった。
口元を緩めて、少し熱い頬を両手で挟みながら話す。いつも通り、見慣れた広い部屋のお気に入りのふかふかラグに座り込んで、いつもと変わらない他愛ない私の話。

ところが、私が話し終わるか終わらないかというときに、突然ものすごい力で両手首を掴まれた。
そのままの力で部屋の壁に背中を押し付けられ、一瞬息が止まった。痛い、と感じたときには掴まれた手首も壁に縫い付けられ、私ははっとなって目を上げた。

見上げたすぐそこで、士季は見たこともないような顔で私を見下ろしていた。



「――お前なんか、」

端正な顔はいびつに歪み、絞り出すように呟かれた士季の声は何故かとても苦しそうで、今にも泣き出しそうだった。
掴まれたときと同じように突然手首を離され、前に倒れ込みそうになった私に背中を向けて士季は部屋を出ていった。



どのくらいの時間、そうしていたか分からない。
手首に残った赤い痕を見て、唇を一度閉じてまた開いて、――膝がかたかたと震えた。
抱き締めるように膝を抱え、身体を小さく小さくして目をぎゅっと瞑る。頭の中で士季の表情と声がガンガンと響いた。士季が、まるで知らない男の人のように感じられて怖くなった。

がばっと立ち上がり、主のいない部屋を逃げるように後にする。

あれは何だったんだろう。







次の日から、士季の様子がばっさりと変わった。
約束してるわけではないけどなんとなく落ち合って一緒に向かっていた朝の登校、いつもの時間と道に士季は現れなくなった。あんなに日に何度も顔を合わせていた学校内でも、士季と遭遇することがほとんどなくなり。
そっか。クラスも違う部活も違う士季とは、そうしようと思えば接触しないようにだってできるんだ。
そう気付いて、何かがすとんと腑に落ちた気がした。

「……」

けれども、突然に顔を合わせることが少なくなった途端、私の視界の隅っこや遠くの景色の中に士季の姿を見つけることが多くなった。
見える所にいないと何故か変に落ち着かない。だっていつも近くにいて、私の狭い視界の中に当たり前にいるのが士季だったんだから。それが幼なじみってものだと思っていた。

「…気付け、ばか」

廊下の窓から見下ろす渡り廊下を、どこかつんとしたいつもの歩き方で闊歩するくせっ毛頭に、ぽつり、と呟く。
聞こえるはずはないし、私が見ていることにすら気付いていない。そんなのは分かっている。分かっているが、何故か無性に嫌だと思ったのだ。



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