一周年企画 | ナノ
「あの、指をどうされたのですか」
「…え?」
ふいにかけられた声に反射的に顔を上げると、私の手元と顔を交互に見る大きな丸い目とぶつかった。
その視線を追うように自分の手を見やる。合点がいった私は、あぁ、と頷いてほんの少し眉を下げた。
「昨日、ちょっと失敗しちゃって」
「失敗?」
「うん。やっぱり慣れないことはするもんじゃないね」
絆創膏だらけの指を苦笑しながら軽く振ると、楽進は要領を得ないといった表情で小さく首を捻った。私の指先を見るその労るような視線が、逆に心をさくさく刺していたことは秘密だ。
だって自業自得。
手先を使う作業が極端に苦手だからと、普段から料理もまともにしてこなかったツケが回ってきたのだと思う。
社会人になって初めて恋人のいるバレンタイン、私は多少浮かれていた。要約すると、取り組んだこともないお菓子作り…もとい手作りチョコに安易に挑戦し、見事に惨敗。
残ったのは傷だらけの指先、そしてチョコになるはずだった何かだった。とても人には渡せない出来である。
結局そこで心が折れた私は、残骸を冷蔵庫に押し込み(食材を勿体ないと思う精神は折れなかった)早くから開いてるデパ地下に朝一で乗り込んで、既製品チョコを見繕ったという次第だ。
バレンタインがこんなにもしょっぱい日になるなんて。
*
「――あの、于禁、これ」
今夜は仕事が遅くなりそうで夜に時間が取れない、と言っていた恋人のため、昼休憩はちょっと良いカフェでランチをしようということになり。そのオシャレで落ち着いた店内、向かい合って座ったテーブルに私は意を決して包みを滑らせた。
普段は仏頂面がデフォの于禁も、少し居心地悪そうにしている。照れが勝ったらしい。
「…あぁ、有り難く頂こう」
「その、手作りじゃないんだけど、ごめん」
そろ、と目を上げると、チョコの包みを受け取ろうと伸ばした手を不自然に止めて私の手元を凝視する于禁の姿が視界に映った。
やっぱり既製品じゃまずかったのか。
「あああの!作ろうとはしたんだけど、その、う…上手くいかなくて…」
「…」
「…ごめん、でもあんなのあげられないと思って、それで」
「……この手は?」
へ、と声が漏れた。
于禁は私の手からチョコの包みを抜き取り、絆創膏だらけの指に必要以上に用心しながら触れた。
「…あぁ、ちょっと失敗しただけ。別にもうそんなに痛くないよ」
「チョコを作る過程で怪我をしたのか」
「…」
目をそらして俯いた私に、于禁が眉間に皺を寄せるのが視界の端で見える。料理すらまともにできない女だって、愛想尽かされたのかな。
なんだか泣きそうな気分で手を引っ込めようとしたら、触れていた大きな指に反射のように、はしっ、と掴まれた。
え、と顔を上げると、睨んでるようにしか見えない顔の于禁、しかしほんの少し色が赤い。
「…唯緋の手作りとやらは、まだ残っているのか」
「え、あ、うん。家に」
「ならば今夜、……家に行っても構わないか」
「へ、」
遅くなるが待っていて欲しい、と続けられた声は堅い響きだけどどこか優しく聞こえて、私は頭のてっぺんに雷を落とされたような心地でそれを聞いていた。
チョコを手作りしたのも初めてだったけど、――そういうことも初めてなんですが、とはどのタイミングで伝えればいいんだろう。
Happy Valentine!