一周年企画 | ナノ


「ありがとう。とても嬉しいよ」

穏やかに笑ってそう言ってくれた郭嘉先輩に、ほっと胸を撫で下ろして私も笑みを返す。
本当は今にも口元がだらしなく緩みきってしまいそう。それを必死にとどめて唇を小さくする。
そんな私に郭嘉先輩は笑みを深くして、伸ばした手で優しく私の頭を撫でた。恥ずかしいけど嬉しい。

学院の有名人である郭嘉先輩は言ってしまえば難攻不落、高嶺の花だと言われていた。
来るもの拒まず、去るもの追わず。そんな感じで交遊関係は広く浅く、特に女性関係については現代版光源氏とまで謳われたくらいだ。
それは裏を返せば、特定の関係の相手を作らなかったということ。遊びと割り切っていた人、中には本気で郭嘉先輩を好きになり涙を流した人もいたとかなんとか。

どこの少女漫画の世界の住人だ、というそんな郭嘉先輩と毎朝同じ電車に乗り合わせていた平凡な一女子高生。それが私だった。
郭嘉先輩は意外と時間にはマメらしく、ほとんど毎朝車内でその姿を見かけた。
そのある日、私と先輩、二人同時にお年寄りに席を譲ろうと立ち上がったことがあった。目が合ってお互い曖昧に笑って、妙な連帯感からその日初めて先輩と話した。
それ以来毎朝電車に揺られながら他愛もない話をするのが日課になり、案の定先輩を好きになってしまった私は黙っていられず告白し、――OKをもらってしまったのだ。
先輩が笑って頷き、私の手を握ったとき、何が起きたのか正直私が一番よく分かっていなかったと思う。
あれから先輩とは、それこそ普通の彼氏彼女のようなお付き合いをしている。



「……あの、一応、手作りで頑張ってみました…」
「そうなのか、それは後で食べるのが楽しみだ」
「お、美味しくなかったらすみません」
「唯緋が私のために作ってくれたんだ。きっと美味しい」

身を小さくして落ち着きなく両手を擦り寄せる私の顔を覗き込むように、首を傾げた郭嘉先輩が、にこり、と完璧なスマイルを披露した。
うぅ、と小さく唸る。綺麗な顔でそんな笑み、反則だ。

「…そうか、手作りか。どうりで」
「え?」
「今日の唯緋はいつもより甘い香りがすると思ってね」

そう言って私の髪を一束すくい、自分の顔に近付けた郭嘉先輩にびくりと肩が跳ねる。
そこへ来ての狙い澄ましたかのような眼差し。このままじゃ全身溶かされてしまう。

「チョコの匂いをさせている、あなたを食べてしまいたいよ」

もうダメだ。
完全に沸騰した使い物にならない頭、私は無意識に口走ったのだと思う。

「…じゃあ、食べてください」
「……え?」

やけに間の抜けて聞こえた声に、うかされた頭が少し鎮火した。
瞬きをして見えた先、郭嘉先輩の顔は――何故か微かに赤い。

「…その、あぁ、どうしようか」

小さく呟かれた声は、確かに甘くて、でもとても困ってるみたいだ。




Happy Valentine!




×
- ナノ -