一周年企画 | ナノ


資料をがさがさと乱雑にまとめながら、顧客データの打ち込み。その頭の中で指折り数える。
社長は正直、貂蝉さんからもらえたらそれで満足なのだろう。だがしかし社会人としてのマナーみたいなものだ、用意するに越したことはない。貂蝉さんとはすでに友チョコを交換し合う約束をしてある。
張遼さんは営業回りでたくさん付き合い的チョコを持って帰ってくるのだろう。普段、社内でもコーヒーはブラックを飲んでるところしか見たことがないが、甘いものは大丈夫なんだろうか。
高順さんはお子さんもいるし、少し多めでも喜んでくれるかも。お土産なんかもいつも、家族にも少し持って帰ってやってもいいか、と聞かれることが多い。高順さんはきっと良い旦那さんであり良いパパなんだと思う。

そこまで考えて少し口元を緩めたとき、扉の向こうから微かな足音がした。
その音はそのまま大きくなり、事務所の扉のドアノブが軋んだ音と一緒に回される。

「――おや、唯緋殿。お一人ですかな」
「あ、はい。お帰りなさい」

うっすらとした笑みを浮かべて私に応えた陳宮さんは、自分の机に荷物を置いてすぐにパソコンの電源を入れた。
背中が上から軽く引っ張られるような妙な緊張感に、私は無意識にキーボードを打つ音を小さくする。あぁ、居心地悪い。
はっきり言って私は陳宮さんが苦手だ。宣伝戦略等を担当する彼はいわばこの事務所の頭脳なのだが、いかんせん顔が怖い。普段はそうでもないのだけど、社長と何かしらの相談をしているときの顔がかなり高確率で悪そうな表情なのだ。
しがない事務担当の小市民である私は極力関わらないようにするのが精一杯だった。

「……あの、陳宮さん」

だが、今回はそういうわけにもいかない。どうせ会社義理チョコを渡さなくてはいけない、だったら今のうちに渡してしまおう。
そう考え声をかけると、陳宮さんは特になんの感動もない顔で目を上げて私を見た。

「これ、あの、バレンタインのチョコです。いつもお世話になってます」
「……」

差し出した控えめな包みに、目の前の陳宮さんが、きょとん、となっているのが分かる。え、何そのリアクション。何か私まずいことした?
と、一拍置いて、なんの脈絡もなく陳宮さんが目を輝かせて立ち上がる。

「なんと、チョコ、チョコですな!心から有り難く味わわせて頂きますぞ」
「え、はぁ…」
「唯緋殿、感謝致します」

声を弾ませてささやかな包みを嬉しそうに見る陳宮さんを、呆気に取られて見つめる。見たことのない笑顔だ。普段の悪さが欠片もない。
陳宮さんは甘いもの好きなのかな。とりあえず一応の義理チョコであそこまで喜んでくれるなら、まぁ、良いか別に。そう結論付けてまた雑務に戻る。
ちら、と目を上げると、まるで宝物をしまう子供のようにチョコの包みを鞄にゆっくりと入れる陳宮さんの姿が見えた。何だろう、調子狂うな。




Happy Valentine!




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