一周年企画 | ナノ


キッチンにところ狭しと調理器具を並べ、材料をどさっと積み上げる。まずは、とまな板と包丁を掴み、取り出した板チョコを刻んでいく。この辺りで、廊下の先のリビングにいる張遼が眉間に皺を寄せて私の方を見た。
細かく刻んだチョコをボウルに移し、別の大きめなボウルにポットからお湯を注ぐ。コンロが一口しかないこの家ではポットが大活躍だ。
そしてお湯をはったボウルにチョコを入れた小さめのボウルを浮かし、チョコをゴムヘラで混ぜる。そういえば熱いものを調理するのにゴムヘラを使うとゴムが溶けるんだっけ?よく覚えてない。まぁ大丈夫だよね。
若干上の空でチョコを混ぜていると、ボウルを押さえる左手の指に溶け始めたチョコが飛んだ。そのタイミングで、堪えきれなくなったように張遼が立ち上がりキッチンにやって来た。

「…本当にそれで大丈夫なのか」
「大丈夫だって。文姫に作り方聞いたもん」

社内でも女子力の高さに定評のある文姫の名前を出すと、さすがに何も言えないのか張遼も口を閉じる。だけども目付きは相変わらず厳しく、どこかハラハラとした表情を浮かべて私の手元を見た。

来るバレンタインのため、今年は同僚に配るチョコを自分で作ろうと決めた私に、張遼は最初から何だか不安げだった。
料理はほどほどにするけど、お菓子作りの類いは全くやったことのない私の手際を心配してのことらしい。料理自体をほぼしない張遼本人からすれば未知の領域過ぎるのだろう。

湯煎で混ぜながら、ほとんど液体状になってきたチョコに小さく感嘆の声を上げる。カカオと砂糖の甘い匂いが部屋を漂い、隣に立って材料を眺めていた張遼が何とも言えない表情で溶けたチョコを見た。

「大丈夫?」
「……む…中々に甘ったるいな…」

表情と全く同じままの声音に苦笑する。張遼はあまり甘いものが得意じゃない。
今までのバレンタインでも、甘くないビターチョコやリキュール系のものをあげてきたが、この調子では今年は匂いだけでお腹いっぱいだと言いそうだ。

溶けきったチョコに生クリームを入れてさらに混ぜ合わせ、それをアルミカップの型に一つ一つ流し込む。生クリームを混ぜると口当たりが柔らかくなるらしい。文姫談。
チョコの上にアーモンドやらアラザンやらを散らして軽くデコレーションする。飾りが少々不恰好だが蝶みたいな形になったものは張コウにあげよう。
ボウルに残ったチョコをついつい指で掬って舐めると、甘い香りが口内に広がった。

「んー、美味しい」
「…そうか」
「あ、張遼もいる?」

もう一度指でチョコを取り、ボウルを張遼の方に傾ける。張遼はちょっと考えるような素振りを見せてから、軽く首を振った。そして、私の手首をやんわりと掴む。

「これで良い」

軽く腕を引かれ、そう言った張遼の唇に吸い込まれていった自分の指を呆けたように見ていた。
生暖かいぬるりとした感触に指先を撫でられ、小さなリップノイズと共に離される。綺麗にチョコを舐め取られた指と、張遼の顔を交互に見た。

「……甘い」
「…うん、だろうね」

渋い顔をして低く呟いた張遼は、照れ隠しをしていることが正直バレバレだ。
でも多分、何でもないような顔で返した私の騒がしい心中も、張遼にはバレバレなんだと思う。




Happy Valentine!




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