一周年企画 | ナノ


階段を上り足を踏み入れたアパートの廊下、同じドアがいくつか並んだ中の一つに、見慣れた制服姿がもたれるように立っていた。
ほの暗い廊下で吐く息は白いのに、本人は至って寒さには頓着なさそうな風情でそこにいる。
人知れず小さく息をついた私は、あまり足音を立てないようゆっくりと歩み寄る。しかしすぐ気付いたようで、明るい目が私に向けられ嬉しそうに細められた。

「おかえり!」
「…朱然君」

少しばかりたしなめる口調で名前を口にしたのだが、彼は気付かないのか気にしないのか嬉しそうに顔を綻ばせたままもたれていた姿勢を正して私に向き直る。礼儀はきちんとしているのだ。ちょっと空気が読めないだけで。

「…ちゃんと連絡くれたら待ち合わせできるのに、って何回も言ってるよね?」
「あ、そうか、すみません。いつもの癖で」

私の家の前で待つのは私は構わないのだが、いかんせん周囲の目がそうはいかない。まぁ、社会人女の一人暮らしの家の前に制服を着た男子高校生がいるってだけで心証がよろしくないというのは分からなくもないが。
ちょっと肩を落とした朱然君だったが、私が右手に提げていた小さな紙袋に目を止めた途端、分かりやすいほどに表情が晴れた。

「なぁなぁ、唯緋さん、それ!」
「…これ?が、どうかした?」
「チョコ?」

正直すぎるだろう。
でもそんな隠し事もできない朱然君は眩しくてちょっと愛おしい。小さく笑って紙袋を軽く持ち上げ揺らした。

「はい、バレンタイン」
「やった!ありがとな!」

満面の笑みで包みを受け取り、はしゃいだように私を見る朱然君に、仕事の疲れも忘れて思わず吹き出す。朱然君は大事そうに紙袋を手に持ち、肩から下げたエナメルバッグを背負い直した。

「手作りじゃないのは許してね」
「いいって。今月唯緋さん忙しいもんな」
「寒いし、上がってく?お茶淹れようか」

鍵を取りだしながら朱然君を仰ぎ見ると、彼はにっと笑って首を横に振った。

「チョコもらえたから今日はそれで充分。疲れてるだろ、ゆっくり休んでくれよ」

風に乱れた私の髪に手を触れて直し、朱然君は笑顔で、じゃあ、と言って歩いていった。その後ろ姿からですら分かる、弾んだような背中と足取りに頬が緩む。
とりあえず家に入ったら、手洗いして洗濯物取り込んで着替えてそれで、――朱然君に電話でもしよう。




Happy Valentine!




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