一周年企画 | ナノ


あれから二ヶ月



今朝、両手に提げた紙袋で持ってきた小さな包みたちはもうほとんどなくなり、イレギュラーで渡せなかったいくつかを残すだけだ。パソコンの電源を落としつつ、デスクの横に置いた紙袋の中を見やる。
クリスマスの数日後、月英から交際の報告を受けてから私の上司はすこぶる機嫌が良い。
今年のバレンタインも例年通り義理チョコを用意したら、これからは本命からしか受け取れませんので、とかドヤ顔で言われた。
帰り支度をしながら若干遠い目になる。しかし、鞄を開けた途端に姿を見せた深緑色の包み紙に心臓が小さく跳ねた。

「…よし。うん」

社内で配った薄い青の包みより心持ち大きめのその箱を確認し、自分に言い聞かせるように頷く。これだけは特別だ。法正さんに渡すためのものだから。
他の人に渡したものに比べるとその差は歴然だが、仕方ないと言わせて欲しい。誰だって一番気になってる人に一番気合いを入れたチョコを渡す、それがバレンタインだと思う。

クリスマスに初めて食事に行ってから、私たちはたまに食事に行ったり一緒に出かけたりするようになった。
そしたら、まぁ、法正さんは優しいし格好いいわけだし、気になるようになるまでそう時間はかからなかったわけで。
今日はたまたま出張が入ったらしく、法正さんは出社予定が無かったのだが、結構な勇気を出して会えるかどうか打診してみたのだ。
ならば駅で落ち合おうと、法正さんは返してくれた。それだけで舞い上がってしまった女心もできれば許して欲しいところだ。

ふと時計を見上げ、気持ち急ぎめに上着を羽織り鞄を掴む。外はまだわずかに雪が降っている。私はしっかりとマフラーを巻いてオフィスを後にした。



「――え」

扉を開け、駅のある左の道へ一歩踏み出した私の数十メートル先、驚いたように目を見開いたその人と私の声が重なった。
ぽかんとなって立ち尽くす私は、ただ瞬きを繰り返す。

「法正さん」
「…お疲れ様です」

私の前までやって来た法正さんはなんだか少しばつの悪そうな顔をして私を見下ろした。どうしてここに法正さんがいるんだろう?

「駅で待ち合わせ、でしたよね」
「…思ったより早く着いたので」

迎えに行こうかと、と行って苦笑らしきものを浮かべた法正さんを呆気に取られたまま見る。
すると、口が開いている、と言われた。慌てて閉じかけ――ふと笑いがこぼれた。

「…ふふ、何か前にもこんなことありましたね」
「…あぁ、そういえばそうでしたね」
「会社から出たら法正さんがそこにいた、っていうのも、二回目ですね」

何だかおかしくなって、マフラーに口元を埋めたままくすくす笑うと、法正さんもいつものニヒルな笑みを浮かべて軽く肩をすくめた。
そしてそのまま、ほんの少し私の方に顔を近付けて唇に弧を描く。

「でしたら…あの時と同じように食事でも行きますか、俺と」
「…ふふ、はい、是非」

笑いながら頷くと、法正さんは、じゃあ今のうちに、と小さく言って右手に提げていた大きめの紙袋から何かを取り出した。
私の方へと差し出されたそれに、思わず目を丸くしてしまう。

「え、これ」
「本来、バレンタインとは男が女性に贈り物をする日ですしね。花束を贈るのが一般的なんですよ」

おずおずと包み紙を両手で包む。顔に近付いたその花束からはお花の良い香りがして、じわじわと頬が熱くなった。
どこか満足げに私を見る法正さんに気付き、はっとなる。バレンタイン、そうだ、私も。

「あの、私も、」
「…唯緋殿からのものは、店にでも入って落ち着いてからで。とりあえず移動しましょう」

私の言葉をやんわりと遮るようにそう言って、わずかに笑った法正さんの肩にうっすらと積もる雪に目がつく。どうやら私も同じような状態らしい。
エスコートするかのように、さりげなく添えられた大きな手に促され、私は慌てて足を踏み出した。
ちら、と見やった手の中の花束。薔薇が1、2、…3本、他の花たちから浮かび上がるように淑やかに佇んでいる。
だめだ、嬉しい。




Happy Valentine!




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