December,24,
お気に入りのクリスマスソングを口ずさみながら、軽い仕草でエンターキーを弾く。クリスマスイブに仕事なんて、テンションを上げなければやってられない。
日報を上げたら帰っていいと言ってくれた上司は、まだ仕事をするらしく席を立ってからまだ戻らない。
そういえば月英が、その例の上司にクリスマスを誘われた、と密かに教えてくれたが、その後どうなったんだろう。月英も困惑気味ではあったが満更でも無さそうだったし。
社長は取引先の社長令嬢と約束があるとかで、社員皆に声援を送られつつ早上がりしていったし、昼に会った関羽さんと張飛さんは、今夜は家族でクリスマスパーティーをするのだと珍しく相好を崩して笑っていた。クリスマスは平等に幸せを与えない日らしい。
あれから、法正さんとはたまにやり取りをするようになった。
とはいっても、残業を手伝ってくれたお礼に差し入れをしたら法正さんも出張のお土産なんかをくれたりしたとか、そんな小さなこと。その中で、お互いにお返しの繰り返しをしていて何だかきりが無いですね、と笑って言うと法正さんも薄く笑い、そういうのも悪くない、と言ってくれた。正直嬉しかったのは秘密だ。
「よし、終わったー」
日報を送信し、パソコンの電源を落とす。軽く伸びをして息を吐き出すと、指先が冷えていることに気付いて、ふっ、と疲れが押し寄せた。
早く帰ろう。荷物をまとめて鞄の中身を軽く整理する。窓から見えるイルミネーションは相変わらず綺麗で、それだけは、明日から無くなってしまうのが勿体ないと思えた。
オフィスを後にし、重い扉を開ける。鈍い軋んだ音と共に冷たい風が頬を斜めに撫でて思わずマフラーに首を埋めた。
そのとき、ふいに名前を呼ばれた。
え、と顔を上げて足を止める。
「…あなたの部署は相変わらず遅くまで仕事をしてますね」
ガードレールに腰を預け凭れていた姿が、ゆっくりと立ち上がりこっちに向かってくるのをただ見ていた。イルミネーションや街灯の光を背に浴びて、何だか眩しい。
法正さん、と言った私の声はぐるぐるに巻いたマフラーにくぐもってしまったかもしれない。
「お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です。法正さんも」
私の前で足を止めた法正さんの髪は風に吹き晒された跡がほんの少し残っていて、どのくらい前から会社の前にいたんだろうか、と気になった。法正さんは私を見下ろしてちょっとだけ目を細める。
「…野暮なことを聞いて悪いですが、この後のご予定は?」
「え、特には、無いです」
答えたのはほとんど反射的だった。
法正さんはいつもと変わらないニヒルな笑みを口端に浮かべ、では、と続けた。
「今から食事でもどうです、俺と」
「…え、」
なんか、それって普通にデートみたいな。
無意識に背筋が伸びて肩が小さくなる。ふいに女子モードのスイッチが入ってしまった自分に、心の中で盛大に柄じゃないと突っ込みを入れる。
「あ、行きたい、んですけど今日ちょっとあまり持ち合わせがなくて…」
「こんな日の食事は男が出すもんでしょう」
社会人として少々恥ずかしい理由も間髪入れずに返され、思わず口を噤む。そろそろ、と上目に法正さんを見上げると、私の返答がまるで手に取るように分かっているかのような表情を向けられた。
「じゃあ、あの、是非。…本当に良いんですか?」
完敗だと白旗を挙げつつ、ご馳走になっても、と尋ねると、法正さんは何だか意味深な悪い笑みを浮かべて、勿論、と言った。
「……今は、それで」
付け足すように低く囁かれた言葉に、私はそのとき気付かなかったのだった。
All I want for Christmas is you!
(クリスマスに欲しいのはあなただ)