「先輩?張遼先輩!?ち、ちょっと待ちましょう!待って!」
「…待つのは構わんが、状況は変わらぬぞ」

必死になって目の前にある顔にストップをかけ、私の服の襟に伸ばされた大きな手を外そうともがく。完全に剥ぐ気満々らしい張遼先輩は抵抗する私を意にも介さず軽くのし掛かるようにして私の身体を押さえ付けた。いかにもな広いベッドのスプリングが軋む。
これはかなりまずいのではないか、と嫌な汗が背中を伝う。

「安心しろ、すぐ済む」

どこにも安心なんかできる要素が見当たらないんですが。
本能的に抵抗を強めた私を、張遼先輩はあっさりと片手でいなして少し眉をしかめ、ならばとりあえず話を聞いてくれ、と言った。話って何だこんな状況で。



さっきまで行われていたサークルの新歓で、たまたま近くに座っていた先輩と何故だか会話が盛り上がり仲良くなった。サークルに入部したばかりのときは、仏頂面でちょっと恐いなと思っていたのだが、話してみると意外に張遼先輩は面白くて良い人だった。
そのまま二次会でもほとんどずっと同じテーブルで話をしていたのだ。その後、解散になったとき、良かったら二人でもう少し話さないか、と誘われ、田舎者世間知らずな私は何の疑いもなく付いていった。
そしてびっくりするくらい普通にラブホに連れ込まれ、部屋に入るなりベッドに放られ身動きを封じられて――今に至る。

「無理!無理です私にはそんなサマンサみたいな性に奔放な生き方はできません!」
「確かに唯緋はセックスアンドザシティには出られんだろうな」
「そんな冷静な分析はいりません!助けてスミス!」

喚く私から、やれやれといった風情で張遼先輩は手を離した。しかし身体をどかす気はないらしい。身動きの取れない私の今の状況は何も変わらない。
張遼先輩は見透かすような目で私を見据える。

「悪いが逃がすわけにはいかんのだ」
「ななななんでですか」
「二年ぶりの本当の食事ができるからだ」

はぁ?という遠慮会釈のない声を上げてしまった。張遼先輩の言葉の意味がよく分からず、思わず眉間に皺を寄せて考える。
第一、食事ってどういうことだ。

「…え、私を食べちゃうぞとかそういう比喩ですか」
「いや、そのままの意味で食事だ。だが肉を喰らう趣味は無い。血を少々もらうだけのこと」
「……え?」

私の血をもらうことが、先輩の言う『本当の食事』らしい。ということは、つまり、まさか、

「…張遼先輩、もしかして吸血鬼的なあれ、ですか?」
「そう呼ばれることもあるな」

しれっと返した張遼先輩は、呆然とする私のブラウスの襟に再度手をかけ、ボタンを二つほど外して寛げた。さっき押し問答していた張遼先輩のこの行動は、首元を広げ血を吸いやすくするためだったのだと頭の中でぼんやり思う。
そして、はっ、と我に返った。

「…ちょ、待って下さいってば!私は了承なんかしてません!」
「すぐ済む。貧血になるような量も要らん。献血とでも思っておけ」
「そんな社会奉仕聞いたことない――っ、痛!」

本当に咬みつかれた。
頭が真っ白になる中、張遼先輩の喉が嚥下する、ごく、という音が聞こえる。
すっかり力が抜けてしまった四肢をベッドに預けたまま、私はされるがまま瞬きもできず天井を見つめていた。

しばらくして、張遼先輩が身動ぎと共に離れ、もう良いぞ、と言った。恩に着る、とかも言われた。吸われたものはもうしょうがない、とどこか開き直ったような気持ちで私は身を起こす。

「…本当に飲みましたね、血」
「馳走になった」
「何とも言えない気持ちになるんでそういう言い方やめて下さい」

というか、と前置いた私に、張遼先輩は口の端を指で拭いながら見やる。それは私の血かと思い少しげんなりした。

「…なんで私なんか連れ込んだんですか。サークルになら他にも女の子は一杯、」
「ふむ。確かに連れ込むのが唯緋より容易であろう女子は他にいくらでも居た」
「…はぁ」
「だが、残念ながらあの中に処女は唯緋しか居なかったのだ」
「……は?」

処女って言ったか今。

「我らが主食とするのは処女の血のみ。大学に入った途端、周囲で見かけなくなっていてな」

嘆かわしい世の中になったものよ、とか言って首を振る張遼先輩に口元が、ひくり、と引き攣る。吸血鬼だなんて非日常なものに出会っていることもあるし、処女か否かが何故分かるのかはもう突っ込まないでおく。
固まったままの私に、張遼先輩は尚も言葉を続けた。

「やっと見つけた相手だ。唯緋が非処女になることが無いよう常に傍らにて見張っておかねばなるまい」

そう言って微笑んだ張遼先輩は、私の首筋を愛おしそうに撫でる。
小刻みに身体がわなわなと震えるのを自覚した。

「――あんたなんかにこれから先関わるかバカー!!」

私が放った右ストレートは、吸い込まれるように綺麗に張遼先輩の顔面に決まったのだった。



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