ひょんなことから学年でも有名な甘寧くんのとんでもない秘密を知ってしまって以来、私の日常は大きく変わった。
良いことその一、友達が増えた。
甘寧くんとは犬猿の仲だと言っていたがどう見ても仲の良い凌統くん、彼らとは中学からの付き合いだという後輩の陸遜くん。今までの私なら到底お近づきにはなれない華やか系男子だが、話してみると気さくで二人とも良い人だと分かった。そして甘寧くんととても仲が良い。(彼の秘密のことは全く知らないみたいだけど)
良いことその二、先生方からの覚えが良くなった。
何故か先生たちには私が甘寧くんを手懐けているように映っているらしく、行く先々で応援と感謝の言葉をかけられる。特に呂蒙先生には、あいつをよろしく頼む、とか何とか言われた。

その反面、あまり良くないこともある。

その一、授業で手を抜けなくなった。
甘寧くんはただでさえ授業をサボリがちらしいが、化学の授業は絶対に出ない。ちょっとした薬品やガスバーナーが近くにあると体が燃えてしまう恐れがあるかららしい。ミイラだから。正直何だそれと言いたいが、気弱な一女子に過ぎない私には勿論言えず、苦手な化学の授業をしっかりノートに取り甘寧くんに見せてあげる羽目になっているのだ。
その二、学校内を出歩き難くなった。
あれ以来、甘寧くんは校内でも普通に接触してくるようになったのだが、それを学校内の生徒たちは『甘寧くんの知り合い=不良友達』と認識したらしく、行く先々で二度見をされたり全く知らない人に名前を覚えられていたりするようになってしまった。接触と言っても、教科書貸してくれ、とか今日は少し寒いな、とかそんな他愛ないことなんだけど。話してみて分かったが甘寧くんは意外と普通だった。それでも、周囲の視線が居心地悪いことには変わりないのだが。
そして、その三。



「――アンタ、甘寧の彼女だな?」

いえ違いますけど。
頭の中では完璧に言えた台詞は、残念ながら口に出すことは到底叶わなかった。代わりに、背筋を嫌な汗が伝う。

「へー、結構可愛いじゃん」
「彼女サン、ちょーっといい?」

フェンスを背にした私を囲むように立つ三人組。年齢はあまり私と変わらなさそうだ。
見るからに素行の悪そうな、見るからにお近づきにはなりたくない風情のグループ。
学校を出て少ししてから突然私の行く手を遮り、さっきの台詞だ。指先から血の気がゆっくりと引いていくのを感じる。頭の中はパニックで、ただただ本能的に危険だと叫ぶばかりで。

「お前の男、ちっとばかし生意気が過ぎるんでなぁ」
「あんたに話つけないと効かないみたいでよ。顔貸してくれる?」

嫌な予感はそのものずばり当たってしまったらしい。
ほんの少し後ずさった足が、ジャリ、とコンクリートを擦った。目の前の人の目が据わり、雰囲気が一変したのが分かった。やばい、やばい。

「…あの、私、失礼しま――!」

震える足に何とか力を入れ口早に言いかけた瞬間、物凄い力で腕を掴まれた。
さぁっと全身の血流が引く。

「…逃がすと思ってんのか?」

いや、助けて、誰か、



瞑ってしまった見えない視界の中で、ガシャン、という派手な音と風を切る音が上から聞こえた。

骨と骨がぶつかるような音がして、私の腕を掴んでいた力が消える。
思わず目を開けた。唇が微かに震えた。



「誰に断ってこいつに手ぇ出してんだ、あぁ!?」



私の視界を埋める広い背中に、泣きそうになる。甘寧くん、という情けなく震えた声に応えるように、彼は小さく頷いた。

――そして、くるりと身を翻し、目にも止まらぬ速さで私を担ぎ上げてその場から逃走した。

「……え?」

反転した視界にも訳が分からず、思わず漏れた気の抜けた声に甘寧くんの声が重なる。

「あいつらライターなんて危ねぇもん持ちやがって!危うく引火するとこだぜ!」
「……へ?」
「いやー危なかった。まぁ主役っつーのは遅れて登場するってやつだな!」

お腹に食い込む肩口に、甘寧くんに荷物担ぎにされていることに気付く。そして彼が現在進行形で走っている道は学校の通学路圏内なのだと思い出す。

「…ちょ、やめ、下ろして!」
「あぁ?何言ってんだ。追ってきてる奴らに追い付かれんだろが」
「いやー!下ろしてー!」
「てめ、助けてやったのになんだその言い種!」

さっきまでの恐怖や羞恥やらで感情の制御が出来なくなった私は、甘寧くんの腰の辺りを叩きながら叫ぶ。甘寧くんは全くものともしていない。悔しい。

「大体あんな目に遭ったのは甘寧くんが原因じゃない…!」

不覚にも涙混じりになってしまった語尾に、噛み付いていた甘寧くんが、ぐっ、と押し黙る気配がした。
涙が上手く止められない。
せっかく甘寧くんと仲良くなって、まだほんの少しだけど嬉しいと思えるようになってきたのに。

「また同じ目に遭うのは嫌…」

ぽつりとこぼした言葉に、甘寧くんの腕が私の腰を力強く掴み直した。

「…なら、学校にいるときはなるべく唯緋の側にいつも居るようにする」

それでお前を守ってやる。
そう続けた甘寧くんに頷きかけて、はた、と思いとどまる。

それって本末転倒なんじゃないか。



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