今日もいつも通り欠伸を噛み殺しつつ、寝室から静かな居間に足を踏み入れる。閉め切られた室内は朝の光のせいか熱がこもっているはずなのに、どこかひんやりと私の胸に迫った。
顔を洗って歯を磨き、いつも通りすでに洗われシンク隅に立て掛けられている一人分の食器たちを横目にしながら冷蔵庫を開ける。昨日の夜に用意しておいたサラダやスープを取り出すと、小さな紙がラップの上から乗せられているのに気付いた。

『助かる』

この書き置きもいつからやるようになったんだろう。惇の朝食を前日の夜に用意しておくようになってからだっけ。
一言書かれたメモを眺め、妙に冷静な頭で思う。気持ちは確かにそこにあるのだ。

パンをトースターに入れた後、昨日の夜の内に整理していた服をまとめて紙袋に入れる。もう一つ手元に用意したビニール袋には歯ブラシや化粧品を適当に突っ込む。そうこうしているとトースターから跳ねるような音が聞こえ、とりあえずキッチンに戻る。朝食をテーブルに並べながら、見慣れた殺風景な景色を眺めた。
惇も私も細々と物を置くタイプではなかったから、白黒の家具で構成されたこの部屋は余りにも簡素だ。私が持ち込んだクマの抱き枕がソファーの上で異様な存在感を醸し出している。
食べ終えた食器類を洗い、惇の食器の隣に置く。布巾を被せてキッチンを出て、時計を見やると小さく溜め息が溢れた。
寝室に戻り、最後の確認をとクローゼットを開ける。惇が絶対に触らない、私の私物専用になっていたその中は昨日の夜と同じがらんどうで、その時私は初めて寂しさのようなものを感じた。

スーツに着替え終わった私は、仕事の荷物と服の入ったボストンバックを肩から下げ、化粧品類の詰められたビニール袋を片手に居間を抜ける。視界に移った抱き枕が私をじっと見つめてるような気がして、思わず目をそらした。
口には出さなかったけど惇も気に入ってたみたいだから、君はここにいて。お願いね。
そんなお門違いなことをぼんやり考えて、玄関の扉を開けた。
郵便受けにメモを貼り付けた鍵を入れ、ビニール袋をごみ捨て場に置く。何だか冷たい空気が胸をすり抜けていった。これが感傷だというのなら、私にはらしからぬ可愛げだろう。
最後に見上げたマンションは朝の光の中に穏やかに佇んでいた。

こうして、私は三年という月日を惇と過ごした部屋を後にしたのだった。



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