二人のその後
色々あったクリスマスを経て、法正さんとのお付き合いが始まった。
半ば誘導尋問のような形で(私の自業自得ではあるんだけど)好きだと告白したクリスマスイブの夜、初めて法正さんの家にお邪魔した。
仕事から帰って来て寝るだけの部屋ですよ、と言う言葉通り、必要最低限のシンプルな家具で構成されたその部屋は当たり前だが法正さんと同じ匂いがして、とんでもなく緊張したことを覚えている。
カチコチの返事をする私を面白そうに見ながら、これからは唯緋殿が物を増やして居心地良くしていって下さいね、なんてさらりと言うもんだから法正さんはずるい。
そしてその台詞通り、週末には法正さんの家で一緒に過ごすようになって、1ヶ月ほどが経った。
「ーーここの銘菓は甘さ控えめだそうです。唯緋殿の好みだと思いますよ」
どうぞ、と手渡されたお土産をお礼を言いながら受け取る。
法正さんの出張帰りの木曜日、直帰だった法正さんから連絡をもらって退勤後お家にお邪魔した。
土産を渡したいだけなので明日でもいいんですが、と言われつつ、三日ぶりに会えるのならばと即答で返事をした私はもう相当この恋愛にうつつを抜かしている…と思う。
こんなこと考えてると、また顔に出てしまう。思考を頭の隅に追いやり、お菓子のパッケージを眺めて法正さんに笑顔を向ける。
「嬉しいです、明日のおやつに食べますね」
「えぇ」
「…でも、法正さん出張のたびにお土産買ってくるのも大変じゃないですか?選ぶのだって…」
ふと、今までから抱いていた疑問を口にすると、法正さんは一瞬考えるような顔をした後に答える。
「…いや?大した手間ではありませんが。量も限られていますし」
「そう、ですか」
「それはそうと、明日の夜はこの店でどうでしょう」
さっきまで操作していたスマホの画面を見せてくれる法正さんに、あぁ、と私も姿勢を正して覗き込む。
金曜日の夜は食事をして、法正さんの家に泊まる流れだ。先週と同じ。
「わ、美味しそう。炉端焼きいいですね!」
「ではここにしましょうか」
「ほっけ、すごく美味しそうです!やっぱり法正さんは美味しそうなお店たくさん知ってますね」
「自分では作りませんからね」
「そう、法正さんって料理好きなのかと思ってました。美味しいお店たくさん知ってるから」
法正さんが実は料理をほとんどしない人ということも、付き合うようになって知ったことだった。
美味しいお店や色々な調理法を知っているから、てっきり料理好きなのかと思っていた。
「…それは外面の話ですから」
「外面?」
「えぇ。まぁ、俺もただの男なので」
何だかはぐらかされたみたい。はぁ、と曖昧に言葉を返す私に、法正さんは小さく笑って、まぁいいでしょう、と言った。
*
次の日、定時を過ぎて仕事も一通り終わり
、パソコンの電源を落とす。
時計を確認すると、法正さんとの約束まであと30分ほどといったところ。
軽く伸びをした私に、同じく片付けをしていた馬岱が、お疲れ、と声を掛けてきた。
「馬岱もお疲れ」
「いや〜頭使ったよ。糖分摂取したいね」
「甘いもの?…あ、じゃあこれ…いや馬岱も持ってるか」
労う意味も込めて、法正さんからのお土産を出そうとして、はたと止まる。出張土産だから馬岱も同じの食べたかもらってるか。
馬岱は私の手元を見て、目を丸くし口角を上げた。
「え、何そのお菓子。美味しそう!くれるの?」
「え?馬岱もらってないの?」
「何が?」
誰に?ときょとんとした馬岱に、私もきょとんとする。
「だってこれ、法正さんからの出張のお土産…」
「お土産?経費が嵩むから、出張でわざわざ会社へのお土産は買わないって法正殿が提案したんじゃなかったっけ。いつだったかに」
「…え?」
あれ、法正さん出張のたびにお菓子とか小物とか、小さいものだけど買ってきて渡してくれる。よく考えたら、付き合う前から。
そこまで考えて、一つの推察に行き着く。
「…法正殿も特別扱いとかするんだねぇ」
馬岱が、ぽそ、と呟く。
それは私の頭に浮かんだ考えと全く同じで、途端にかっと顔が熱くなった。
「…や、ちょ、馬岱、今のなし」
「やーお熱いねぇ」
「ちょっと!」
「盛大な惚気食らっちゃたよぉ」
あっはっはと笑う馬岱に、ぐ、と喉の奥から声が出る。法正さんと私の関係はそりゃもう会社公認みたいなものになってるけど!周知の事実みたいになっちゃってるけども!
お菓子をすぐさま片付け馬岱の視線に耐えていると、どかどかと足音を鳴らして馬超が近付いてきた。
「馬岱、唯緋!仕事は終わったか?」
「あ、若。終わったよ」
「ちょうどいい!今晩飲みに行かんか?」
話題を変えてくれた馬超にほっとしつつ、あ、と声を上げる。
賛同していた馬岱と馬超が、ん、とこちらを向いた。
「今日は予定入ってて。私はごめん」
「そうか!唯緋もどこか飯か?」
「うん」
「どんな店だ?参考までに」
「えっと、この炉端焼きの…」
「おお!旨そうだな!」
「でしょ?私もそう……なに、馬岱」
スマホの画面を馬超に見せていると、生温い視線を感じて顔を上げる。
馬岱は、にこにことにやにやの間くらいの顔で私を見ていた。
「…それって、法正殿と?」
「…そ、そうだけど」
「そのお店、法正殿が選んだんでしょ」
「…そうだけど」
だから何、と目で問うと、馬岱はもはや、にやにやが多数を占めた顔でスマホと私を交互に見る。
「すごいねぇ法正殿」
「だから、何が」
「だって思いっ切り唯緋の好みじゃない。唯緋、魚好きでしょ?」
え、と呆けた声が出た。
改めてスマホのスクショを見る。大きく表示された、海鮮炉端焼きの文字。
そして、ふと気付く。
今まで法正さんが連れていってくれたお店といえば、地魚が自慢の居酒屋、港直送の魚介類を使ったいい感じの定食屋さん、廻らないけどリーズナブルで敷居の高くないお寿司。
「ーー法正殿、唯緋のことすっごく好きなんだねぇ」
馬岱の台詞に、びく、と肩が跳ねた。
他の人から言われる威力、半端ない。
「馬岱、どういう意味だ?」
「あ〜あのね若、」
「…いい!説明しなくて!」
半笑いの馬岱を押し止めようと椅子から腰を浮かせた瞬間、フロア入口の奥に見慣れた姿が見えた。
はっ、としてそのまま勢い良く立ち上がる。
「あ!も、もう行く!じゃあお疲れ!」
鞄をひっ掴み、声量で制圧してその場を後にする。後ろで何か言い合ってる声がするが無視だ。とにかく法正さんがフロアに入らないようにしたい。
「…あぁ、唯緋殿。お疲れ様です」
「お疲れ様です!行きましょう」
勢い良くフロアから出てきた私に少し面食らった様子の法正さんは、しかし何も聞かず歩きだしてくれた。
よかった、セーフ。
顔の熱さはバレませんように、と祈る。
「今夜の店、少し混んでいるようです。さっき電話で念のため確認したんですが」
「あ、そうなんですね」
「変更なくで大丈夫ですか」
「はい全然!…あ、でも法正さんがもし食べたいものが他にあったら…」
さっきの馬岱とのやり取りで、私の好物をいつも優先してくれているのでは、なんてふと思ってしまった。
平静を装いつつ聞いてみる。
「法正さんの好きなものって何ですか?好き嫌いはそんなに無いって前に教えてくれましたけど」
「好きなもの、ですか?」
人もまばらなエントランスを抜けながら、髪を軽くかき上げた法正さんが事も無げに言う。
「しいて言うなら俺は、あなたが旨そうに飯を食っているのを見るのが好きですかね」
ーー法正殿、唯緋のことすっごく好きなんだねぇ。
馬岱の台詞が脳内に響く。
「…おや、尋常じゃないくらい顔が赤いですが」
「……黙秘権を行使します…」
「今日はアプローチがちゃんと伝わったようで何よりです」
「…え、は、え!?」
ふ、と笑った法正さんに、さらりと手を取られ指を絡めて握り込まれる。
まだ会社の入口、と言いかけた私に、別に悪いことしていませんよ、と法正さんが言う。とても楽しそうな声。悪いです、私の心臓に。
「…そんな可愛い顔は、帰ってから俺の家でしてくれると有難いですね」
心臓、もう使い物にならないかもしれない。