#夏×現代×水着 その2
「もう嫌だ!もうプルはいい!」
「なにを駄々こねてるんですか」
肩を回しながらプールサイドへ上がっていくと、聞き慣れた言い争う声がしていた。
もうすでに練習を初めていたらしい唯緋と陸遜は、相変わらず舌戦を繰り広げている。
俺に気付いた唯緋が目を上げ、嬉しそうな顔をした。なんでそんな顔するかねぇ。
「あ、凌統おかえり!」
「あぁ」
「呂蒙先生なんの用だったの?」
「大会のエントリーのことでちょっとね」
ビニールマットを敷いてストレッチを始める俺にプールの水を跳ねさせて唯緋が、そっか、と笑う。そしてその表情がすぐに不満そうなものに変わった。
「聞いてよ、またプルばっかりやらされてんの。腕に余分な筋肉ついちゃうよ」
「唯緋殿は水を掻く力が弱いんです。弱点を克服しないとタイムは縮みません」
「でもだからってそればっかり、私も普通にフリー泳ぎたいんだけど!」
「知りません。ラップタイム遅れますよ。4、3、2――」
「ちょ、タンマ、あぁもうこの横暴!」
ぎゃんぎゃん噛み付きながらも慌てて泳ぎだした唯緋を、深い溜め息を吐いて陸遜が見送る。
その目がじっとりと俺を捉えた。
「…そんな目で見ないでくれますか、疲れます」
「…そんな目って、別に」
「心配しなくても唯緋殿を好きになるような人は凌統殿だけですよ」
「ちょ、おい」
俺の声も無視して陸遜がスタートする。泳ぐ姿勢や動きはいつもながら完璧だ。
捨て台詞のようにかけられた言葉のせいで微妙に顔が熱い。髪を混ぜて息を吐くと、どかどかと無駄に大きな足音が聞こえてきた。
「あん?珍しいなお前がこんな遅いなんて」
「…俺はあんたと違って遅刻じゃないけどね甘寧」
能天気に練習メニューを確認している甘寧に背を向け、立ち上がり伸びをする。
後ろでメニューに文句を言っている声がするが無視。ビートばっかで嫌だとか、唯緋みたいなことを言っている。
帽子を被って水に入ると、ざばりと冷たい水が押し寄せた。日差しはじりじりと暑く、今日も絶好のプール日和だ。
*
日も沈み始め空が青とオレンジに混ざる頃、今日のメニューを消化し終えた。荒い息を整えるように、ゴーグルを外してゆるく泳ぎ出す。
もうプールサイドに上がって用具を片付けている陸遜が目に入った。
そういや今日新しい塩素開けないとね。マネージャーのいない不便さを思いながらクールダウンをする。
一通り流してプールから上がると、少し遅れて隣のコースからも水音がした。
「凌統ー」
「うぉっ、……なんだい」
「お疲れー」
「…お疲れ」
ダウンも終えて上がってきた唯緋が思い切り背中に凭れてきた。一瞬心臓が妙な跳ね方をしたが、平静を装う。
「コンビニ、コンビニ寄って帰ろ」
「はいはい」
「おにぎり食べたい」
「相変わらず色気ないね」
何を、と言いながらふざけて更に体重をかけてくる唯緋に、心の中でおいおいと呟く。こいつは自分の性別も下手すりゃ俺の性別も忘れているときがある。
「じゃあ皆も誘ってくるね。…陸遜!甘寧ー!」
葛藤している俺をよそに、ぱっと離れて無邪気に笑った唯緋が言うなり駆け出していく。
前を歩く甘寧の背中を叩いて楽しそうにしている唯緋の後ろ姿をぼんやりと眺めた。
友達から一向にランクが上がる気がしないこの関係は、居心地が良いようでもどかしい。
あいつの背中、焼けた肌に濃淡の跡を残す水着にすら嫉妬している俺は我ながら重症だ。
あの子の水着になってみたいのだ